1万5800年前に起こった噴火は、浅間山の形成史上最大規模の噴火だった。まず、板鼻黄色軽石(YP)が東南東に降った。これは埼玉県本庄市で10センチの厚さがある。このあと火砕流が北麓と南麓へ下り、広い火砕流台地を形成した。その堆積物が、北麓では嬬恋村大前付近の吾妻川右岸に、南麓では小諸市のそばを流れる千曲川右岸に連続した高い断崖をつくっている。御代田町平原付近にみられる平坦な台地はこの火砕流がつくった。平坦面が顕著なことと、浸食谷である田切の壁で火砕流堆積物の断面が観察しやすいことから、ここを模式地としてこの火砕流を平原火砕流とよぶ。これは、表面に流れ山をもつ塚原土石なだれとの対照を意識した命名である。
 火砕流噴火のあと、山頂火口は開口した状態が長く続いたらしい。カラフルな色彩をした火山砂と火山灰の互層が平原火砕流の堆積物の上を厚く覆う。その分布はほぼ円形をなし、山頂に近いほど厚い。降雨によって形成されたガリーがいくつかの層準に認められる。おそらく数年の時間をかけて堆積したのだろう。
 カラフル火山灰の下から1/4の層準に、YPとよく似たプリニー式軽石が挟まれている。この軽石の分布軸は北北東に向かい、草津温泉で70センチの厚さがあることから草津軽石(YPk)(新井、1962)、あるいは嬬恋軽石(荒牧、1968)とよばれる。嬬恋軽石は上越の山々を覆い、さらに日本海の海底でも見つかる。最後の氷期の編年に重要な鍵層である。
平原噴火の層序
  • カラフル火山灰上部(3/4)
  • 嬬恋軽石(YPk)
  • カラフル火山灰下部(1/4)
  • 平原火砕流
  • 板鼻黄色軽石(YP)
わずかにうねる平原火砕流堆積物の表面
平原火砕流が噴出した1万5800年前は、氷期が終わろうとしている頃だった。その堆積物の表面には、うねりがみられる。
この丘は、凍結融解つまり霜柱の作用で表土が少しずつ動いてできた。いまは牧草地として利用されている。

P1020421s.jpg濁沢と小滝沢の合流点の手前に、このうねりから突出した小山がある。これは、塚原土石なだれの流れ山だ。平原火砕流の埋め尽くしから逃れた流れ山は、大屋原にもいくつかみられる(地点22)。

平原火砕流台地の表土は、しっとり黒

鎌原と北軽井沢を結ぶ道路は、ここでだけ平原火砕流がつくった平坦面上を通過する。ここ以外はすべて、900年前の追分火砕流がつくった平坦面と、200年前の鎌原土石なだれがつくった黒岩と流れ山が点在する地面の上を通る(地点26)。

 平原火砕流台地の上には、1万5800年間に堆積したレスが積もっている。下部50センチほどはロームだが、上部1メートルはクロボクだ。したがって、平原火砕流の上に展開している牧草地の土壌は、例外なくしっとりした黒色をしている。 遠景は草津白根山。
細原開拓は平原火砕流の堆積面
IMGP0992s.jpg細原開拓は平原火砕流の堆積面だ。この一帯を嬬恋軽石が覆っている。その下に火砕流の堆積物が露出している。
IMGP1001s.jpg五差路の南西側にある閉じた等高線は、23万年前の古い土石なだれが残した流れ山である。1万5800年前の平原火砕流の埋め立てからも逃れた。五差路に立って、この流れ山から時計回りに二本目の道を進むと、別の流れ山の大きな断面を見ることができる(地点38)。
平原火砕流は姥が原も覆った
 姥が原の東半分(およそ小武沢より東側)は平原火砕流に薄く覆われている。 1万5800年前にここにあった森は通過した火砕流の高温ですっかり焼かれたに違いない。
標高1370メートル地点の露頭。次の層序が確認できる。
  250cm 嬬恋軽石
  110cm カラフル火山灰
       平原火砕流
平原火砕流は南麓のチェリーパークラインの道路沿いに露出するから、北麓でも姥が原まで届いていて自然だ。
二枚の平原火砕流?
IMGP1168s.jpg御代田町馬瀬口の平原火砕流は、上下二枚あるようにみえる。下は黄色だが、上は白〜灰色で炭化木を含む。その頂部はピンク味を帯びている。最上部を褐色の砂丘堆積物が覆っている。二枚の火砕堆積物の間には、40センチほどのシルト層が挟まっていて、その最上部2センチが黒い。私は、同様の観察を平原の国道沿いや小諸市の南城公園でしたことがある。最近では、北麓の濁沢で色も岩相もそっくりで炭化木まで含む露頭をみた。
 上の火砕堆積物は、浅間山頂の火口から噴出した火砕流ではなく、火砕流堆積物から発生したラハールだと私は考えている。つまり平原火砕流の噴火は1万5800年前の1回だけだったと考えている。
浅間山と平原火砕流台地
 南麓の平原火砕流をいくつか紹介しよう。
湯川に切り取られた垂直な崖と浅間山のコントラストが美しい。平原火砕流の上面は、かんなで削ったように平らだ。御代田町豊昇。
IMGP1153s.jpg手前左の崖を、湯川の水面に降りて撮影した。
IMGP1157s.jpg西に2キロ移動して撮影した。崖下を流れる湯川がつくった広い河原に追分火砕流の堆積物がある。ここが南側における追分火砕流の最遠到達地点だ。山頂火口から11.8キロ離れている。
IMGP1163s.jpg小諸市平原ガスパイプ露頭。
シラハゲは嬬恋軽石
黒斑山の中腹に麓からよく見える崩壊地シラハゲは、嬬恋軽石が露出しているから白くて目立つ。

P1030610s.jpg接写。給源近くのプリニー式軽石として典型的だ。こういう崖をみて、「指が入る」と言ったのは久野久である。細かい粒子がないので、隙間に指が入る。大きな軽石の芯はハム色をしている。高温酸化したせいだ(地点59)。

 プリニー式噴火というのは、噴出量で言うと、2004年噴火より1000倍くらい大きい。浅間山麓だけでなく、風下100キロくらいまで深刻な影響が出る。浅間山の場合、風下のそれくらいの距離にたくさんの都市がある。
嬬恋軽石は夏に噴火した
 上越の山々は冬季に雪に厚く覆われる。白毛門巻機山などで嬬恋軽石がしばしば観察できるのは、この噴火が積雪のない夏季に起こったためだろう。北北東に向かう分布軸をもつことも、噴火が強い西風が吹く冬季ではなかったことを示唆している。
北軽井沢のカラフル火山灰

1万5800年前の嬬恋軽石の上下には、よく成層した火山灰がある。新鮮な断面でその火山灰を観察すると、そのカラフルさに驚かされる。 表面流水に削られてできたガリー(雨裂)が、同じ位置に繰り返しできている。その間隔にも規則性があるようだ。北軽井沢の国道脇(地点20)。

P1020615s.jpg
 北へ3キロはなれた大屋原第一に露出する同じ火山灰だ。この断面は1992年からあるので状態はよくないが、表面をねじり鎌ではがすと、色合いを観察することができる。色の順番は北軽井沢と同じだが、層によって厚さが異なる。こちらのほうが厚い火山灰もあれば、北軽井沢のほうが厚い火山灰もある。風向きが変わったためだ。
 噴火マグニチュード6.3の平原噴火は浅間山頂火口を大きく拡大しただろう。カルデラと呼んでもよいくらいサイズの火口が生じたにちがいない。直径2キロくらいか。その中に地下水が流れ込み、高温マグマとのせめぎあいが長い時間続いたはずだ。平原火砕流の上にのるカラフル火山灰は、伊豆大島のスコリアの上にのるうがいタフと同様の成因でつくられたと考えられる。その厚さは山頂に向かって厚くなる。鎌原で50センチ、狩宿で155センチ、北軽井沢で240センチ、白糸の滝で380センチと、しだいに増える。
 浅間山の山頂火口ではなく、平原火砕流の先端近くで起こった二次爆発を給源とする火山灰を吾妻川右岸の平原火砕流の上で認めることができる。そこには、降り積もった火山灰だけでなく、横なぐり噴煙から堆積した火山灰もみつかる。砂丘のような波打った地形が上袋倉に残っている。
平原火砕流堆積物からの二次爆発堆積物。常林寺の西(地点5)。
南麓のカラフル火山灰と淡黒レス
軽井沢天文台@油井に露出する平原火砕流の上のカラフル火山灰。
北麓と同じように、ピンクの上に青緑がのっている。ピンクと青緑の境界が一直線で鮮明だから、ピンクの火山灰と青緑の火山灰が降ったのであって、降ったあとに着色されたのではないことがわかる。このセットは、北麓で嬬恋軽石の上にある。
P1030233s.jpgその上にのる厚さ10センチの淡い黒のレスと軽石質堆積物。
軽石堆積物は、ここでも炭を含む。この軽石堆積物は、地形をつくっていない。平原火砕流がつくった台地の上にみつかる。YP軽石→平原火砕流→嬬恋軽石と続いた1万5800年前の噴火から数百年後に浅間山で何が起きたのだろうか。堆積物の特徴からは高温ラハールのようにみえる。
浅間高原と吾妻川
IMGP0703s.jpg
浅間高原と草津高原の間の低地を吾妻川が西から東に流れている。それに沿って、JR吾妻線が走っている。万座鹿沢口駅の裏には、高さ80メートルの崖があり、上から、平原火砕流/塚原土石なだれ/湖底堆積物の順に地層が重なっている。1783年8月5日10時ころ、この高い崖の上から鎌原土石なだれが吾妻川に流れ込んだ。
 その場所にはいま駅舎がつくられ、ホームには上野行きの新特急が停車している。橋を渡った北側の集落は三原。
 
浅間火山北麓の電子地質図 2007年7月20日
著者 早川由紀夫(群馬大学教育学部)
描画表現・製図 萩原佐知子(株式会社チューブグラフィックス
ウェブ製作 有限会社和田電氣堂
この地質図は、文部科学省の科研費(17011016)による研究成果である。
背景図には、国土地理院発行の2万5000分の1地形図(承認番号 平19総複、第309号)と、 北海道地図株式会社のGISMAP Terrain標高データを使用した。