6章 過去の火山噴火を調べる


(1)ロームとクロボク

日本の火山地域の台地上に普遍的にみられるロームは,1)火山灰を主とし
た細粒子からなる.2)粘土・シルト・砂の混合物であり,礫がまじることも
ある.3)構成粒子のほとんどが風化変質作用をうけている.4)褐色である.
5)無層理で塊状である,という特徴をもつ地層である.ロームをおおう表層
の黒い土はクロボクとよばれる.クロボクは上に記したロームの特徴に加えて,
6)腐植を多く含んでいる地層である.クロボクに過酸化水素水を加えて数日
間放置すると,腐植が分解されて黒味が消え褐色になり,ロームとまったく同
じみかけになる.ようするに,クロボクとロームの違いは腐植の多少による.

ロームは,土壌生成作用によって岩石が変質して生じた地層ではなく,細か
い粒子が地表に少しづつ降り積もってできた堆積物である.ロームを堆積させ
る地学過程としては,火山の小規模噴火による降灰よりむしろ,地表風に吹か
れて細粒子が裸地から舞い上がり,近くの草地に着地する過程が重要である.
この結論を導く観測事実のうち重要なものは,1)火山が噴火していないとき
にもロームが堆積している,2)火山噴火の頻度は一般に低く堆積量も少ない
が,地表風による塵の堆積量はロームの形成を十分まかないうる,3)火山に
近づいてもローム層はほとんど厚くならない(図6.1),の三つである.偏西
風にのって中国から飛来する塵がロームの中に混入しているのは事実だが,そ
れがローム全体に占める割合は,火山地域では,小さい.火山地域のロームを
構成する粒子の大部分は,火山周辺の裸地から地表風によって運ばれてきた火
山灰である.

ロームは年間を通していつも形成されているのではない.新緑が芽吹く直前,
乾燥した地面に春のあらしが吹きつける4月と5月にその過半が集中する.しか
し一年あたりの堆積層厚は1mmに満たないから,堆積後の生物による撹乱も
加わってロームは無層理塊状の地層となる.

このような成因と特徴を有するロームは,諸外国でレスとよばれている地層
と同一のメカニズムで堆積した同一粒度組成の地層であるから,レスと呼んで
かまわない.完新世の日本のレスがクロボクであることは,縄文時代に入って
から人為による野焼きが活発におこなわれるようになったことによるらしい.

(2)噴火を数える

堆積物断面に観察できるローム層は,その地点に堆積物を残すような火山噴
火がその堆積期間に1回もなかったことを証明している.大きな噴火が起こっ
て軽石や火山灰が地表を厚く覆うと,その地域に堆積した軽石や火山灰がすべ
て浸食されてしまう前に一部の地表面が植生に覆われて安定化する.いったん
堆積の場になると,再びロームが継続して堆積するようになるから,ローム層
の間に噴火堆積物が挟み込まれて一回の大噴火の証拠がそこに地層として記録
される.

噴火事件をひとつふたつと数えることは,原理的にむずかしい問題を内包し
ているが,レスを内部に挟まない噴火堆積物で一回の噴火を定義するのがもっ
とも実用的であると思われる.1960年代に中村一明は,噴火輪廻あるいは輪
廻という用語をもちいて,サイクリックな堆積の繰り返しによって噴火単位を
初めて認識した.しかし現実の火山噴火は多種多様であって,いつもサイクリッ
クな繰り返しがみられるとは限らない.非噴火堆積物(レス)の間に噴火堆積
物(テフラ)がエピソディックに挟み込まれていると解釈して,噴火堆積物の
枚数によって噴火の回数を数えたほうがより合理的である(図6.2).

野外でテフラの探索をする研究者は,肉眼でそれとはっきりわかる地層を
「純層」と呼んでいる.この「純層」は噴火堆積物であり,堆積物がブロック
として再移動していないかぎり,その層位が示す時刻に火山噴火による降灰が
起こったことを証明している.

一方,肉眼ではそれとわからないが,特定の層位から試料を採集して実験室
に持ち帰って洗浄すると,大規模火砕流噴火で特徴的に生産されるバブルガラ
スがたくさん見つかることがある.テフラ探索者はしばしばこれを「ガラスが
散っている」などという.しかし,この「ガラスが散っている」地層は噴火堆
積物ではない.火山噴火で地表に堆積した降下火山灰が,その後に地表で働い
たプロセスで再移動してつくられた地層である.具体的には,風の作用と生物
の作用(ミミズなどの地中動物および樹根)による再移動である.バプルガラ
スが特定の層準に密集しているという事実からは,「その層位が示す時刻のち
かくでそのテフラの噴火が起こった」とまでしかいえない.バブルガラスの密
集層準が複数あるから複数回の噴火があったと考えるのは,多くの場合,正し
くない.



(3)テフロクロノロジー

前節までの記述には歴史性がほとんど考慮されていなかったが,時の経過を
記録する地層として噴火堆積物をみたときには,歴史編年をテーマとした研究
が成立する.地層はなるべく広範囲に分布し,あまり厚くないほうが他の地層
とよく重なり合うから時の記録者として有能である.降下テフラはこれを最も
よく満足する地層であることから,地層の対比が不可欠である層序学において
古くから鍵層として使われてきた.降下テフラのこの性質にとくに着目した層
序学をテフラ層序学という.そして,年代学としての性格がつよい研究をテフ
ロクロノロジー(tephrochronology)という.

テフロクロノロジーは,アイスランドのソラリンソン(S. Thorarinsson)に
よって,ヘクラ火山から完新世に噴出したテフラを材料にして,1940年代に
始められた.1950年代になると,日本でも関東地方を中心として同様の研究
が盛んになった.テフロクロノロジー研究が日本で成功した理由は,1)爆発
的噴火をする火山がたくさんある.2)マグマの性質が多岐にわたっているた
めひとつ一つのテフラを判別しやすい.3)湿潤温暖気候であるので地表面の
ほとんどが植生に覆われていて,侵食からテフラを守っている,の3点があげ
られる.この3条件が満たされているニュージーランドでもテフロクロノロジー
は盛んである.玄武岩マグマによる溶岩噴火が多いハワイは1)と2)が欠ける
ために,乾燥気候の北アメリカ中西部は3)が欠けるために,限られた場所と
時代を除けば,テフロクロノロジーに不向きである.

ある火山の噴火史を知るためには,その火山から噴出したテフラを対象とし
たテフロクロノロジーを行うことがもっとも望ましい.ただし降下テフラは,
急傾斜地が多い大円錐火山の山腹にはあまりよく保存されない.高地では周氷
河作用によっていったん堆積したテフラが氷期に浸食されてしまう.このため
中部・北関東地域では,標高1200m以上の高原で2万年前より古いテフラをみ
つけることは困難である.また,日本のような中緯度地方では,降下テフラは
偏西風の影響を強く受けて火山の東方に分布することが多い.このような事情
から,テフロクロノロジーの調査は火山から 20-30km 程度離れた低地の平
坦面上を対象とすると,よい結果が得られやすい.そこでは一枚の降下テフラ
の厚さがほどよい薄さ(10〜100cm程度)になり,他のテフラとよく重なり
合う.関東平野の海成段丘をフィールドとして日本のテフロクロノジー研究が
始まった理由のひとつはここにある.

火山噴火によって生産されるという基本的属性をまったく捨て去っても,テ
フラは,等時間面を与えるタイムマーカーとして,とくに第四紀学の分野で抜
群に有用である.給源火山から 1000km 以上も離れた地域にまで分布する姶
良丹沢火山灰が町田 洋と新井房夫によって1976年に発見されてからは,広
域に分布するテフラがタイムマーカーとしてきわめて重要であるという認識が
一般的になった.その後も新しい広域テフラの発見は続き,現在では図6.3と
図6.4に示すように,最近13万年間に挿入された広域テフラの時間目盛りがほ
ぼ1万年間隔になった.表6.1は,日本と世界の代表的テフラのリストである.

(4)ジオクロノメトリー

現在から遡った年数(年代)を測るジオクロノロジーではなく,過去に存在
した時間を測ることに着目した研究をジオクロノメトリー
 (geochronometry) という.たとえば,1万年前の1時間,1年,あるいは 
100年単位の時間を測ろうとする試みである.現在,実用段階にある放射年代
測定法の誤差を 5% とすれば,1万年前の年代測定には 500年の誤差が付随
する.今後,技術革新が進むことによって同位体比の測定誤差をきわめて小さ
くすることができるようになっても,地質試料がもつ同位体比を年代値として
解釈する段階で発生する誤差(たとえば,カリウム-アルゴン法における過剰
アルゴンの問題,炭素法における14C濃度の経年変化の問題,地下水循環によ
る試料汚染の問題など)はかならず一定の大きさをもつから,放射年代測定は
ジオクロノメトリーの目的のためには使えないことが多い.

噴火堆積物の中に混入している花粉を調べることによって四季の単位で時間
を測ることが試みられたことがあるが,信頼できる結果を得るのはむずかしい.
1年単位での計測には樹木の年輪が手がかりを与える.樹木年輪は6月末から8
月末の成長期 (growing season) にそのほとんどができるから,火砕流堆積
物などの中に取り込まれている樹幹の表皮の最外殻部分を観察することによっ
て,噴火が起こった季節を知ることができる.噴火堆積物が埋めた田畑の状態
から季節を推定した例もあるが,これは人類が農耕を始めてからあとの時代に
適用が限られる.6600万年前に大量流出したデカン洪水玄武岩は,どこの柱
状断面においても地磁気極性の逆転層準を三つ以上みつけられないから,その
噴出に要した時間は100万年以内であろうと考えられている.

ロームとクロボクは毎年わずかづつ堆積するレスであるから,その層厚を使っ
て過去に存在した時間の長さを測ることができる.ジオクロノロジーでは古い
過去になればなるほど計測誤差の絶対値が増大する.10万年前に100年の時間
差をもって発生した二つの事件を区別することは絶望的である.しかしレスを
使ったクロノメトリーでは,対象の古さによらず,100年の時間差を検出する
ことができる.日本各地の火山地域でレスの堆積速度を測定すると,それは 
0.01〜1mm/年 (1〜100cm/ky) の間にある(図6.5).詳しくみると,計測
時間の長さと堆積速度は逆相関している.計測時間が1万年より長いと,堆積
速度は0.01〜0.1mm/年(1〜10cm/ky)と遅いが,計測時間が1000年より
短いと,0.1〜1mm/年(10〜100cm/ky)と速くなる.1000年から1万年
の計測時間内では,ロームの堆積速度はほぼ0.1mm/年(10cm/ky)である.
レスによるクロノメトリーは測定方法がきわめて簡便である.しかし,だか
らといってそれを野放図に適用することは慎むべきである.以下に述べる付帯
条件を十分に理解してからレスクロノメトリーを実行することが肝要である.

1)上下を年代既知のテフラで挟んで内挿することが望ましい.
2)1m以上の外挿は,不整合を含んでしまう危険が大きいから,なるべく
しないほうがよい.
3)同じ層序関係が見られることを複数の露頭断面で確認すべきである.
4)平坦かつ水平な面の上に堆積したレスを用いるべきである.
5)広域テフラが肉眼で確認できる地層断面は望ましい.
6)その地域の火山から噴出したテフラの下面だけでなく上面もよく保存
されている場所は望ましい.
7)砂層が挟まれていたり礫が混入しているときは慎重になるべきである.
レスでなく火砕流堆積物や洪水ロームである可能性がある.
8)火口から5km以内では小規模水蒸気爆発の堆積物とロームの見分けに
細心の注意を払うべきである.
9)火山から50km以上離れると堆積速度はやや遅くなる.
10)100年より短い時間を測るときは堆積速度が速くなりやすい.

地表面の浸食にはかならずしも長い時間を必要としないということも知って
おきたい.とくに,火山噴火時は,大気の状態が不安定になりやすいから集中
豪雨が発生して流水による深い溝が地表に刻まれたり,地震動によって斜面が
崩壊したりして,短時間のうちに大きな浸食面が形成されることがむしろふつ
うである.上下二枚の堆積物の間に顕著な浸食面が形成されていることを理由
に,両者の形成の間に長い時間があったと結論することは,いつも正しいとは
限らない.

一般に,流紋岩あるいはデイサイトマグマの噴火による二枚の軽石堆積物の
間には,明らかにそれとわかるレスが挟まれているから,噴火を一つ二つと数
えることはたやすい.しかし,玄武岩マグマの噴火堆積物(スコリアや火山灰)
の場合は,レスと降下火山灰の識別が簡単でないことが多く,噴火の回数を数
えることがしばしば困難である.流紋岩あるいはデイサイトの火山は長い間静
かに休んでいて,ときどき思い出したように短い時間噴火する.これに対して,
玄武岩の火山は休んでいる時間がそれほど長くなく,短時間の休止ののちに次
の噴火を始めがちであり,噴火状態にある時間が比較的長い,という事情が背
景にあると考えてよい.

過去の時間を測る時間尺としてレスを使えば,二つの噴火の前後関係を知る
だけにとどまらず,噴火と噴火の間に経過した時間の長さを知った上で,火山
の噴火史を記述することができる.また,噴火堆積物とレスの互層があれば,
絶対年代がわからなくとも,その時代のその火山の活動度を評価することがで
きる.

(5)火山の冬

大規模な火山噴火が気候を変化させてきたのではないかという考えは昔から
あった.核の冬(nuclear winter)になぞらえて,それを火山の冬
(volcanic winter)という.インドネシア・スマトラ島のトバ火山で7万
3500年前に起こった巨大噴火(M8.8)は,前回の間氷期から氷期へ移り変わ
る途中(または直前)に発生したらしい.

1783年の夏,アメリカの駐仏大使としてヨーロッパに滞在していたフラン
クリン(B. Franklin)は太陽の光がとても弱いのを体験して,これを乾いた
霧(dry fog)と呼んだ.この大気異常は,一般には,ブルーヘイズ(blue 
haze)という言葉でよく知られていて,その年の6月から7月,ヨーロッパに
集中的に発生した.アイスランドのラカギガルで6月8日から始まった噴火
(M6.4)がこの異常気象の原因だと,フランクリンは考えた.このブルーヘイズ
ためにヨーロッパでは極端な冷夏となり,深刻な飢饉となった.この年,アイ
スランドでは全人口の24%が餓死し,家畜の75%が死んだという.

同じ年,浅間山もM4.8の噴火をしたが,そのクライマックスはヨーロッパで
ブルーヘイズと低温が観測されたあとの8月4日に起こったから,浅間山の噴火
がヨーロッパの飢饉を引き起こしたとはいえない.

火山噴火が全地球的な気候変化を直接的に引き起こすと考えるのは早計であ
る.地球環境が暖から寒へ,あるいはその逆に変わろうとしているとき,大規
模な火山噴火がそのきっかけとなる,あるいはその変化を加速させると考えた
ほうがよい.

マグマ中の硫黄  爆発的噴火で大気に注入される火山シルトや火山粘土は,
大気中に何年も留まることはなく数ヶ月以内で地表に落ちてしまう.しかし,
硫黄とその酸化物は硫酸のエアロゾルとして長い間大気中に留まって日射をさ
えぎる.火山噴火と気候変化は硫黄を介して結びついている.

鉱物結晶に包み込まれた小さなガラス部分(glass inclusion)には,噴出す
る直前のマグマの化学組成が保存されている.その硫黄含有量はだいたい数百
ppmである.ガラス部分はふつうとても小さいから,その硫黄含有量を正しく
測定するには高度な技術が必要である.鉄を多く含むマグマは硫黄も多く含む
という傾向があるから,岩石の種類によって硫黄含有量の見当をおおまかにつ
けることができる.一般的にいって,玄武岩は硫黄を多く含み,流紋岩は硫黄
を少しか含まない.しかし,玄武岩マグマの噴火は非爆発的で,流紋岩マグマ
の噴火は爆発的だから,硫黄を大気に注入するメカニズムとしてどちらが有効
かは簡単には決められない.爆発的噴火で成層圏まで硫黄が注入されることが
重要なのだろうか.それともラカギガルの1783年噴火のように,流出的な大
噴火で大量の硫黄が対流圏に注入されても十分効果的なのだろうか.この問題
は,洪水玄武岩と生物の大量絶滅の因果関係を考えるときにも浮上する.

噴火によって噴出物量は何桁も変わるが,硫黄の含有量の変化幅はせいぜい
一桁か二桁である.大気に注入された硫黄の量を正確に知るためには,噴出物
量すなわち噴火マグニチュードを正しく決めることが肝要である.

ラム (H. H. Lamb, 1970)のdvi (dust veil index) は,クラカタウの1883
年噴火を1000として,他の火山噴火の大きさをそれとの比較で示す指標であ
る.ラムはdviを決めるときの情報源を複数採用したが,主として気温変化の
データを使ったから,彼のdviをつかって火山噴火と気候変化の関係を議論す
ると循環論におちいる危険がある.

氷床ボーリング  ハンマーたち (C. U. Hammer et al., 1980) は,グリー
ンランド氷床をボーリングして氷のコア試料を採取し,その水素イオン濃度を
測定して季節変化がそこに認められることをみつけた.彼らは,それを1万年
前までさかのぼり,爆発的な大噴火が起こった年の水素イオン濃度が高いこと
を明らかにした(図6.6).事実,タンボラが噴火した1815年とラカギガルが
噴火した1783年には顕著な水素イオン濃度シグナルがある.しかし17世紀以
前のシグナルには,火山噴火との対応がまったく不明だったり確実でないもの
が多くある.
アイスランドのエルドギャオの噴火(M6.3)が934年に起こったとわかったの
はハンマーらの研究によるが,グリーンランド氷床のコアにはアイスランドの
火山噴火の効果が強く出る傾向があるので,その解読には注意が必要である.
同規模同様式の火山噴火でも,緯度が違えばグリーンランド氷床には異なる記
録が残される.インドネシア・アグン火山の1963年噴火(M4.8)は格別大きな
噴火だったわけではないが,大きな気温低下をもたらしたことで注目された.
そしてこの年のグリーンランドの氷コアには水素イオン濃度シグナルがみられ
る.しかし,このシグナルは,同じ年にアイスランドで起こったスルツエイの
噴火(M4)によるという意見もある.南半球で起こった火山噴火の記録はグリー
ンランドの氷床にほとんど記録されないから,南極の氷床を調べる必要がある.
火山の緯度だけでなく,噴火が起こった季節の違いも氷床記録に影響を与え
る.赤道域の火山の場合は,下部成層圏の風向にみられる準二年周期変動のど
こで噴火が起こったかも関係するだろう.

ギリシャのクレタ文明を滅ぼしたサントリニ火山のミノアン噴火(M6.8)に対
応する水素イオン濃度シグナルは紀元前1390±50年にあるとハンマーたちは
考えた.しかしその後の研究によると,紀元前1630年頃のシグナルがミノア
ン噴火に対応するらしい.1993年7月には,過去25万年間を記録した
3053.8mのコアがグリーンランド氷床中央部から採取された.分析結果の報
告が待ち遠しい.

霜年輪  樹木年輪の成長期である6月末から8月末の間にとても寒い日が2
〜3日でもあって気温が氷点下にまでさがると,霜年輪(frost ring)がつく
られる.その年の年輪に傷ができるのである.霜年輪は森林限界のすぐ下の樹
木にできやすい.霜年輪はその地域の樹木のほとんどに認められるが,
1000km程度はなれると認められなくなるのが普通である.グローバルな気候
変動ではないが,寒気団が局地的に南下したことの証拠である.

霜年輪は,大きな火山噴火の2〜3年後によく見られることが経験的に知られ
ている.火山噴火の影響で大気の大循環に変化が生じ,噴火した火山から何千
kmも離れたところで生じた異常気象を霜年輪は記録している.カリフォルニ
ア州のホワイト山脈の樹木に認められる紀元前1626年の霜年輪は,グリーン
ランドの氷床コアから紀元前1630年頃に起こったことが推定されたサントリ
ニ火山のミノアン噴火によるものらしい.

霜年輪の研究は,文字文化の歴史が浅い北アメリカなどで盛んであるが,日
本でも推し進められるとよい.なぜなら,日本の樹木の霜年輪がかならずしも
日本の火山噴火によってつくられたものであるとは限らないからである.

ミステリークラウド  旧約聖書の『出エジプト記』に「エジプト全土が丸
三日間,真っ暗だった」とある.これと似た暗闇の記述は,シュメール・ギリ
シャ・マヤの古記録にもある.ヨーロッパ・中国・日本の古記録には,「太陽
にもやがかかった」「太陽の輝きに力がなかった」などといった記述が多数あ
り,信頼できるものも少なくない.これらのうちのいくつかは特定火山の噴火
が原因だったあることがわかっている.たとえば,インドネシアのタンボラ火
山の1815年噴火(M7.1)のあとしばらく,乾いた霧と,かすんだ太陽(dim 
sun)の記述がヨーロッパの記録に多くみられる.その翌年の1816年は,夏
がなかった年(the year without a summer)としてよく知られている.イ
ングランドにおける1816年夏の気温は平年より1.5度低かった.この年,シェ
リー(Mary Shelly) が "Frankenstein" を書き,バイロン(George Byron)
が "Darkness" という詩をつくった.

対応する火山噴火が不明もしくは不確かなものは,ミステリークラウド
(mystery cloud)と呼ばれている.日本では,大森房吉(1918)が「日色異
状」として,806年から1814年まで,29の事例を収集している.そのうちの
いくつかは降灰によってつくりだされた闇であろうが,赤・紅・朱・黄などと
表現された異状はタンボラ火山1815年噴火でみられたような大気異常であろ
う.

536年のミステリークラウドが,過去3000年間にヨーロッパでみられたな
かでもっとも強かった.正午の太陽で人の影ができなかったと古記録にある.
中国の古記録にも,全天で二番目に明るい星カノープスがこの年は見えなかっ
たという記述がある.このミステリークラウドは,ラバウル火山の噴火(M5.9)
によるものらしい.

紀元前44年のミステリークラウドも顕著だった.ちょうどシーザーが毒殺さ
れた年にあたり,「月が血の色をしていた」と書いた古記録もある.エトナ火
山の噴火が原因かもしれないが,複数の火山噴火の複合によると考える人もい
る.


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