3章 地表をはう流れ

火山で発生する流れは,流れをつかさどる連続相(continuous phase)の有
無と種類によって次のように分類できる.ガスを連続相としてもつ流れには,
火砕流・熱雲・サージがある.水を連続相としてもる流れはラハールとよばれ
る.溶融状態の溶岩(マグマ)を連続相としてもつ流れは溶岩流とよばれる.
連続相をもたない流れは岩なだれとよばれる.

(1)火砕流 

火山の爆発のときに,発泡したマグマの破片がガスといっしょに一団となっ
て地表面を流下する現象を火砕流(pyroclastic flow)という.火砕流の流路
には軽石・岩片・火山灰など大小さまざまの火砕粒子が乱雑に堆積するため,
その流れは乱流であると長い間考えられていた.また,比高が数百mもある高
い山地を越えた向こう側に堆積物がみつかることから,そのような火砕流は層
厚が1000mを超える希薄な気団の流れとして,地表の起伏とは無関係に流れ
広がったと考えられていた.

しかし1970年代から,堆積物の粒度組成に基づいて火砕流のメカニズムを
考察する研究が盛んになって,上記の火砕流像に大きな変更が加えられた.火
砕流は大量のガスを含んだ希薄な流れであるとする古い概念では,その中の軽
石や岩片は乱流状態のガスの剪断応力(shearing stress)によって支えられる
と考える.ところが実際には,火山砂と火山シルトしかその力では支えること
ができない.火砕流堆積物の中には火山礫や火山岩塊が無視できない量含まれ
ているから,火砕流がそのような希薄な流れであるとは考えられない,という
視点が新しい概念構築の出発点だった.

新しく描かれた火砕流像は次のようである.火砕流は堆積物の数十%増だけ
膨張した濃密状態で地表をはうように流れる.重力の作用で大気底を流れ下る
から密度流(density current)の一種である.他の密度流の大部分がそうであ
るように,火砕流も乱流ではなく層流である.流れが濃密であるから,火山か
ら何十kmも離れた地点まで10cm程度の軽石や2〜3cmの岩片を運ぶことがで
きる.濃密な流れの中では粒子の分級作用が効果的に働かず,流れていたとき
の状態がそのまま凍結されるように停止するから堆積物の分級が悪い.ただし,
浮力によって流れの中を上昇した軽石が堆積物の最上部に濃集していることは
ある.火砕流の中には,100m/sを超える高速でジェットコースターのように
斜面を駆け上がって,比高1000mの峰を越えるものもある.

流動化現象と降伏強度の低下 化学工学の分野でよく知られている流動化
(fluidization)現象が火砕流の内部で起こっているのではないか,という考え
は古くからあった.実際,流動化現象は火砕流のレオロジーに大きな影響を与
えている.流動化とは,次のような現象をさす.凝集性のない固体粒子層の中
を流体が上へ向かって流れるとき,粒子層に及ぼす流体の抵抗力がその粒子層
の重さと釣り合うことがある.この時,この固体粒子層は流動化状態にあると
いう.火砕流は,1気圧のガスで流動化されやすい0.1〜1mm程度の粒子を多
く含み,しかも高温であるために水分による凝集が起こらないから,流動化現
象が起こりやすい条件を備えた系であるといえる.

非ニュートン流体では,応力が一定の値を超えないと変形がはじまらない.
変形がはじまるときの応力の強さを降伏強度という.固体粒子層が流動化する
と,その降伏強度は著しく低下する.完全に流動化したときには,固体粒子の
荷重のすべてが流体に支持されるため,降伏強度がゼロにほぼ等しくなる.流
速が流動化開始速度以下にとどまって完全流動化が達成されていないときで
も,固体粒子の荷重の一部は流体に支えられているから降伏強度(yield 
strength)が低下する.ただし火砕流の中には大小さまざまの粒子が含まれて
いるので,火砕流全体が同時に流動化することは起こらず,特定の大きさの粒
子のみが流動化する部分流動化が起こる.

火砕流の分類 ウィルソン(C.J.N. Wilson, 1980)は,火砕流の中を上昇す
るガス流速の違いによって火砕流を次の3タイプに分けることを提案した.各
タイプの火砕流は流動化の程度の違いに応じて,それぞれ図3.1に示すような
特徴をそなえた堆積物を残す.

タイプ1:ガスがゆっくりと上昇する火砕流  マグマがあまりよく発
泡しなかった場合は,火砕流の中を上昇するガス流速が十分速くならないため,
流動化による降伏強度の低下がほとんど起こらない.このタイプの火砕流の内
部では,重力によるいかなる分級作用も起きない.大きな粒子が堆積物断面の
上方にしばしば偏在しているのは,粉粒体では大きな粒子の存在確率が境界面
(ここでは地表面)の近くでは減少するからである.これをバクノルド効果
(Bagnold effect)という.降伏強度が大きいために10〜30゜の急斜面上にも
堆積し,堆積物の表面には流れに平行あるいは直交する高まりや溝が,側端に
は自然堤防が,先端には大きな高まりがつくられ,それらはしばしば巨大な岩
塊からなっている.北海道駒ケ岳の1929年火砕流がこのタイプである.

タイプ2:ガスが中程度の速さで上昇する火砕流  流れがいくぶん膨
張する程度のガス流速が実現すると大きな粒子の内部移動が可能になり,重力
の作用で重い岩片が下方に集積する級化(grading)が起こる.流れ全体の密度
より軽石の密度が小さいときには,粗粒軽石が上方に集積する逆級化がみられ
る.終端速度がガス流速より小さい火山シルトは火砕流の上面から排出
(elutriate)される.地表面に接する境界層では,強い剪断応力が働くために
粗粒子の存在確率が低下して基底細粒層(basal fine layer)がつくられる.こ
の段階では降伏強度の低下はまだ十分でなく,流れのレオロジーはタイプ1と
タイプ3の中間の性質をもつ.浅間山の1108年追分火砕流が実例である.

タイプ3:ガスが速く上昇する火砕流  火山砂サイズの上限である直
径2mmの粒子が流動化する程度のガス流速が達成されたときには,降伏強度
が著しく低下する.このような流れは流動性が増大するから急斜面上に堆積物
をほとんど残さない.タイプ3火砕流には,タイプ2火砕流で見られた級化が
より明確に発達し,火山シルトの排出も著しい.また,火砕流内の特定箇所に
ガス流が集中することが起こる.これは化学工学ではチャネリングと呼ばれ,
均質な流動化を妨げる望ましくない現象としてよく知られている.火砕流の中
でチャネリングが起こると,小さくて軽い粒子はガスとともに系外に運び出さ
れてしまう.ガスの通路には重い岩片・結晶からなる垂直なパイプあるいは不
定形の塊が残される.このような粒子選別を偏析(segregation)という.大規
模な軽石質火砕流のほとんどがタイプ3である.このタイプの火砕流堆積物は
粒度組成と粒子組成の側方変化(lateral variation)が著しい.たとえば,岩
片の最大粒径は噴出源からの距離とつよい逆相関の関係にある.

ニュージーランド北島で約1800年前に発生したタウポ火砕流は,タイプ3
火砕流の典型である.その堆積物には,ガス流動化が激しく起こったことを示
唆する堆積相が複数認められる.そのような堆積相の粒度組成や構成物の種類
を詳しく調べ,それを室内流動化実験の生成物と比較することによって,タウ
ポ火砕流の内部で起こった種々の現象をよく理解することができる.図3.2は,
ウィルソンが描いたタウポ火砕流の推定断面図である.火砕流は他の密度流と
同様に頭部・腹部・尾部に分けられるが,図3.2には頭部と腹部のみが描かれ
ていて尾部は省略されている.

空気を大量に取り込む頭部では激しい流動化が起きる.その結果,重い粒子
ばかりが集積して一定の強度をもった塊をつくり,流動化した流れの中をすみ
やかに沈降したのち地表に落下してグラウンド層(ground layer)を堆積させ
る.とくに大量の空気を取り込んだときには激しい熱膨張が起こるから,火砕
物がジェットとして前面から投出され,軽石礫に富み火山シルトを欠くジェッ
ト堆積物(jetted deposit)が堆積する.グラウンド層とジェット堆積物は火
砕流堆積物の最下層をなし,あわせて第一層とよばれる.

浮力によって上方に集積した軽石は大気に引きずられて頭部から腹部へ運ば
れる.その一部は腹部の中に混入するが,大部分は表面に集積して軽石ばかり
からなるいかだをつくる.腹部中の重い岩片や結晶は沈降して逆に頭部に巻き
込まれる.ガス流速が遅いために弱い流動化しか起きない腹部からは,火山灰
を主体とする基質中に軽石や岩片が散在する第二層がつくられ,第一層を覆っ
て堆積する.この第二層が火砕流堆積物の主体を占める.その中には,堆積時
の乱れによって腹部に混入した軽石いかだが軽石濃集部
(pumice-concentration zone)としてレンズ状に挟まれることがある.腹部
の中でも部分的に流動化が激しかったところには,チャネリングによってパイ
プあるいは不定形の塊が形成される.

頭部と腹部の上面からは高温ガスとともに火山シルトが激しく排出され,火
砕流の真上にサーマル雲をつくる.やがてこの火山シルトは第二層の上にゆっ
くりと降下して,第三層とよばれる薄層を形成する.この降下シルトは,火砕
流そのものよりはるかに広い範囲に降下堆積する.入戸火砕流に伴った姶良丹
沢火山灰,幸屋火砕流に伴った鬼界アカホヤ火山灰,イタリアのカンパニアン
火砕流に伴ったY5火山灰がその例であり,広域テフラとして第四紀編年の鍵を
にぎっている.

タイプ3火砕流は運動能力が大きいから,大起伏の山地でも難なく乗り越え
ることができる.高所を通過するとき,地表に接した境界層で強い剪断応力が
働くために,頭部と腹部では堆積作用がほとんど起こらない.しかし尾部の境
界層には剪断応力が弱い部分がかならずあるから,そこでは堆積作用が起こっ
て地形を薄く覆う火砕流ベニア堆積物(ignimbrite veneer deposit)が流路
に残される.火砕流ベニア堆積物にはふつう成層構造が認められる.これは,
火砕流内部のパルスを反映したものであると解釈されている.

ガスの供給源  火砕流を流動化させるガスの起源には,以下の5種類が
考えられる:火砕流内部には,1)マグマの急冷破片すなわち軽石に含まれる
揮発性成分がある.ひとつの軽石塊からのガス供給量は,揮発性成分の含有量,
拡散による揮発性成分の移動効率,軽石の粉砕と摩耗の程度の3者によって決
まる.火砕流外部からは,2)火口直上で火砕流が発生するときに巻き込むガ
スと空気,3)流走中に前面から取り込む空気,4)取り込んだ樹木や草本の燃
焼によって発生するガス,5)地表水や地下水の加熱によって発生する水蒸気
がある.このうち,2)と3)が大量のガス供給源として有望である.実際には
火砕流の発生時・流走時・停止後に,それぞれ異なった起源のガスが火砕流の
各部位の流動化をつかさどる.

火砕流の速さと到達距離  実測された火砕流の最高速度は13〜50m/s
の間にあるが,どれもタイプ1火砕流の計測値である(表3.1).地質時代に
起こった複数のタイプ3火砕流の速さを,乗り越えた山地の比高とエネルギー
保存則によって計算すると,70〜200m/sが得られる.この計算には,摩擦
によるエネルギーの損失と最高点での火砕流の速さが無視されているから,実
際のタイプ3火砕流はもっと速く流れたはずである.

火砕流は速さと質量のどちらかがゼロになるまで流れ続ける.このことを,
巻いたカーペットを廊下に敷き広げる思考実験で説明しよう.

何回も巻いたカーペットに遅い回転しか与えないで廊下に敷き広げようとし
たら,カーペットは中心部が巻かれた状態のまま廊下の中途で停止してしまう.
カーペットの到達距離は与えられた回転速度で決まる.このことから次のこと
が理解できる.十分な質量をもって出発した火砕流の到達距離は初速によって
決まる.すべての火砕物の流速がゼロに等しくなったときが,その火砕流が停
止するときである.流路には比較的厚い堆積物が残され,先端には急崖が形成
されるだろう.厚さ/到達距離の比が大きいこのような火砕流堆積物を高アス
ペクト比の火砕流堆積物(high-aspect ratio ignimbrite)という.アラス
カのテンサウザンドスモークス火山の1912年火砕流堆積物や草津白根火山の
太子火砕流堆積物がその例である.

次に,カーペットに速い回転を与えたときのことを考えてみよう.十分速い
回転が与えられれば,カーペットは廊下に完全に敷き広げられる.カーペット
の到達距離は巻数で決まる.このことから,速い火砕流の到達距離は出発時の
質量によって決まることが理解できる.火砕流はその最終段階で,流れるべき
火砕物がなくなるためにそこで消滅するのである.流路には薄い堆積物が残さ
れ,先端はレンズ状に尖滅する.厚さ/到達距離の比が小さいこのような火砕
流堆積物を低アスペクト比の火砕流堆積物(low-aspect ratio 
ignimbrite)という.タウポ火砕流堆積物や南九州の幸屋火砕流堆積物がその
例である.

火砕流の到達距離の例を表3.2に示す.ニュージーランドのモリンスビル火
砕流が飛び抜けて長い200kmを流走している.8万7000年前に中部九州で発
生した阿蘇4火砕流の155kmがそれに次ぐ.両者とも低アスペクト比の火砕
流堆積物である.

(2)熱雲 

溶岩ドームや溶岩流の先端から発生する高温高速の爆風を熱雲(nuee 
ardente)という.重力不安定による崩落などをきっかけとした急激な減圧爆
発(explosive decompression)によって生じる.固形噴出物は溶岩の破片や
細粉からなり,ほとんど発泡していない点が火砕流と異なる.1902年5月8日
早朝,西インド諸島マルチニーク島のプレー山で2万8000人の生命を一瞬にし
て奪った爆発で初めて認識されたため,この爆風はプレー式熱雲と呼ばれる.
プレー式熱雲は地表をまっすぐに突き進んでその通過域を完全に破壊してし
まう.プレー以後も,ムラピ1930年,ラミントン1951年,ヒボックヒボック
1951年,雲仙岳1991年,マヨン1993年などで同様の惨事が繰り返されてい
る.プレー以前に発生したものも含めて,プレー式熱雲の事例を表3.3と図3.3
にまとめた.

地表面をはうように流れたことからわかるように,プレー式熱雲は,火砕流
と同じく,密度の大きい流体が密度の小さい流体(この場合は大気)の下に突っ
込む密度流の一種である.渦の速度は急激に減衰するから,その力で支えられ
ていた固体粒子はすみやかに沈降して地表に落下する.固体粒子を失った熱雲
はその分だけ密度が軽くなる.前面から取り込む空気のためにも密度は軽くな
り,ついに大気より軽くなって熱雲は離陸する.1980年5月18日,セントヘ
レンズ火山の噴火で見られた巨大なサーマル雲はこのメカニズムによって発生
したらしい.これと同じタイプのサーマル雲は雲仙岳の1991年熱雲でもしば
しばみられて,島原市などに火山シルトを降らせた.その火山シルトは,高温
酸化して赤かった.

プレー式熱雲に共通する特徴は次のようにまとめられる:1)突然真っ黒な
サーマルが発生し,上方向だけでなく横方向にも高速で広がる;2)地形の起
伏を無視してすべてをのみこんで樹木や建造物をなぎ倒す;3)谷の中には崩
落岩塊が厚く残されるが,台地や尾根の上には薄い(〜数十cm)砂礫層が残
される;4)堆積物はほとんど発泡していない;5)高温酸化をうけたピンク〜
オレンジ色の降下シルト層が最上部を薄く(〜2cm)覆う;6)爆発後,噴火
口には外生的に成長する溶岩ドームが現われる;7)爆発は一回では終わらず
に,数日から数ヶ月の間に数回発生する.

セントヘレンズ火山の事例では,大規模な山体崩壊が火山体内部のマグマだ
まりを急激に減圧させて大爆発を引き起こした.その爆風は最大27km走り,
700km2の森林を完全に破壊した.最大最強のプレー式熱雲による災害事例と
して,セントヘレンズの爆風は重要である.日本では,6世紀に榛名山二ツ岳
から発生した熱雲が350km2 の面積を破壊して古墳時代の人々に大災害を与え
た.

◇囲み記事------------------------------------------------

ラミントン火山の熱雲災害

ラミントンはニューギニア島南東部にある海抜1680mの火山である.1951
年以前の噴火記録はまったくなく,噴火前にはこの山が火山であるという認識
すらほとんどなかった.噴火の前触れは,1951年1月15日に山頂ふきんの崖
崩れで始まった.翌日にはかすかな噴気が立ち昇り,地震を伴うようになった.
18日には噴気に火山灰を含むようになり,1000m近くも上昇するようになっ
た.山頂から10kmはなれたヒガツルでは絶え間ない地震を感じるようになっ
た.

破局的な噴火は1月21日10時40分に起こった.まず山頂から黒煙が立ち上
がり,2分以内に高さ12kmまで達した.その噴煙柱の基部は水平方向に広が
りはじめ,あたり一面から火山灰が噴出しているかのような状態になった.放
射状に広がった熱雲は地形の影響をうけて北側山麓には12km,南側山麓には
8kmまで達し,230km2の地域を破壊した.北側山麓にあったヒガツルやサン
ガラなどの集落で3000人がこの熱雲の犠牲になった.主な死因は熱い灰まじ
りの空気を吸い込んだことだった.

火口ふきんでは,表土が溝状に削られたり擦り磨かれたりする浸食作用が特
徴的であった.熱雲が通過した地域では,樹木や家屋はほとんどすべてその基
部を残してなぎ倒されていた.地表に堆積しているのは礫と砂からなる薄い層
で,ヒガツルでの厚さは15cmだった.噴火直後に詳しい調査をおこなったタ
イラーはこれを灰あらし(ash hurricane)と名づけ,プレー山で1902年に
発生した熱雲とよく似た流れであると報告書の中で何度も強調している.谷の
中には,主に岩塊からなる堆積物がところによっては10mにも達する厚さでみ
られるが,大きな被害をもたらしたのは薄い堆積物しか残さなかった灰あらし
のほうである.

破局的噴火の直後に安山岩マグマが火口に出現して溶岩ドームが形成されは
じめた.このドームは二ヶ月後には高さ450mに達したが,3月初旬の爆発で
吹き飛ばされた.その後,新たなドームが急速に成長して,1952年1月には
570mに達し,体積1km3の溶岩ドームが現在まで残っている.

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(3)サージ

1946年におこなわれたビキニ環礁の原爆実験のとき,垂直に上昇する水柱
の基底から発生して水面を横に広がる雲が初めて認められ,ベースサージ
(base surge)と呼ばれた.これと似た現象が火山爆発でも起こることが,伊豆
諸島の明神礁(1952年)・アイスランドのスルツエイ(1963年)・フィリピンの
タール(1965年)の噴火でまもなく確認された.

希薄なサージ サージは,体積の大部分をガスが占める希薄な流れである
点で火砕流と区別される.希薄な流れの中では火砕物ひとつ一つが単独の粒子
として振舞うことが可能である.流れの中には渦が発生して,乱流状態が生ま
れやすい.渦の速度より沈降速度が遅い粒子だけがサージの中に懸濁して運ば
れる.温度が100℃以下の場合は,気体+固体+液体(水)の三相流となり,湿っ
た固体粒子間に働く粘着力のために団塊がつくられて火山シルトの堆積が促進
される.火砕流の中で有効に働いた流動化現象は濃密な粒子群に特徴的な現象
であるから,希薄なサージには働かない.

サージは短命であり,その堆積物は発生源の近傍(およそ3km以内)にしか分
布しない.流れが希薄であることを反映して堆積層の一枚一枚は薄く,しばし
ばレンズ状に尖滅する.サージを発生させる爆発は何回も連続して起こること
が多く,何層も積み重なった堆積物の表面には砂丘と同じ波状の地形がみられ
る.

火砕物を含む希薄な流れをサージと定義すると,そのような流れは爆発的噴
火のいろいろな局面で発生する.

ベースサージ  新しい火口が浅海底や湖底などに開いて,マグマと外来
水が爆発的な相互作用(水蒸気マグマ爆発, phreatomagmatic explosion)
を起こすと,火口から垂直に立ち上がる噴煙柱とは別に,その基部から水面上
を360゚広がるサージがみられることがある.これをベースサージという.爆
発は何回も続けて起こるから,堆積物の表面には波紋が,断面には斜層理
(dune bedding)がみられる.斜層理は,1)サージが地表を削ったためにでき
る場合,2)爆発の合間に表面流水に削られてつくられる場合,3)サージ内部
に発生するパルスによる波状堆積作用によってつくられる場合がある.露頭条
件がよい場合には,爆発がおさまっていた時間に降下した火山灰の薄層(ふつ
う火山豆石を含む)の枚数によって,爆発の回数をかぞえることができる.

接触するマグマと水の量比の違いによって,発生するベースサージの性質は
大きく異なる.マグマに比べて水の量が多いときには湿った低温ベースサージ
となり,逆の場合には乾いた高温ベースサージとなる.シルト粒子を多量に含
む(およそ >10%)堆積物は低温ベースサージ,少量しか含まない堆積物は高温
ベースサージによってつくられたものである.三宅島の1983年噴火では,海
中の火口から乾いた高温ベースサージが発生して直径400mのタフリングを形
成した.

グラウンドサージ(ground surge) 火砕流堆積物の下面と当時の地表の間
にサージ堆積物が挟まれていることが,とくにタイプ3の火砕流の場合にしば
しば観察される.これをグラウンドサージ堆積物という.グラウンドサージは,
火砕流噴火の直前に発生した強い爆風である場合と,火砕流の頭部から発生し
たジェットである場合があるらしい.火砕流頭部からの堆積物であることが明
らかであるときには,グラウンドサージと呼ばずにグラウンド層あるいは第一
層と呼んだほうがよいだろう.

灰雲サージ(ash-cloud surge) 流動化した火砕流の上面から排出された
火山シルトは地表に対して相対速度をもっているから,熱対流システムに組み
込まれずに低空にとどまった火山シルトとガスは,地表面に定着するまでサー
ジとしてふるまう.これを灰雲サージという.灰雲サージ堆積物は,火砕流堆
積物の直上やその周囲に分布し,サーマル雲からの降下シルトに連続する.高
温酸化のために赤味を帯びていることが多い.

(4)ラハール

火山体斜面に大量の水が発生して土石といっしょに流下することがある.こ
のような流れは,土石が占める割合が大きいものから順に,土石流(debris 
flow)・泥流(mud flow)・洪水(flood)などと区別して呼ばれることもあるが,
インドネシア語のラハール(lahar)を総称として用いると便利である.

ラハールは水の中に火砕物が懸濁した流れであるから,ガスの中に火砕物が
懸濁した流れである火砕流あるいはサージと流れの性質が大きく異なる.水と
火砕物の密度差が小さいために両者はよく結合して遠くまで流れ下る.礫を多
く含むラハールの内部では,礫同士が激しくぶつかって強い反発力が働くから,
大きな礫が流れの上部に集中する逆級化が堆積物断面にみられる.このような
ラハールは降伏強度が大きいから重い粒子を遠くまで運ぶことができる.洪水
とよばれるようなラハールの性質は水の流れとほとんど同じであると考えてよ
い.砂と泥だけが遠くまで運ばれる.

流れをつかさどる連続相が水であるラハールの堆積物と,連続相がガスであ
る火砕流の堆積物は次のようにして見分けられる.細粒物質を欠いた第一層と
ガスパイプが見られれば,それはたぶん火砕流堆積物である.泥質基質中に気
泡があり,石質岩塊の逆級化が見られれば,それはたぶんラハール堆積物であ
る.ただし高温で流れたラハール堆積物の中には,水蒸気が上へ脱出してつくっ
た沸騰パイプが見つかることがあるので注意が必要である.ラハール堆積物
のパイプは細くて短い傾向があるので,他の性質と組み合わせて注意深く観察
すれば,火砕流堆積物と見分けられる.

高緯度地方の火山あるいは低緯度にあっても海抜高度の高い火山は火口付近
を氷河に覆われている.そこでは噴火がラハールの発生に直接結びつく.アイ
スランドでは,そのようにして起こる洪水をヨークルフロイプ(jokulhlaup)と
呼んでいる.カトラ火山では,
ほぼ50年を周期として規則的にヨークルフロイプが発生している.コロンビア
のネバド・デル・ルイス火山(海抜5400m)の1985年11月13日の噴火では,
火砕流が氷河をとかしてラハールを発生させ,麓のアルメロ市などで2万2000
人の命が奪われた.

土石と水の混合は,大雨や火口湖の決壊を引き金としても起こるから,ラハー
ルが発生するのは噴火のときだけとは限らない.毎日のように火山灰を降らせ
ている桜島火山では,山腹に厚く堆積した土石が大雨のたびに崩れて,ふだん
は表面流水がみられない野尻川や有村川などをラハールとして流れ下る.

◇囲み記事------------------------------------------------

ルアペフ火山のラハール災害

ニュージーランド北島の最高峰であるルアペフは,周囲にたくさんのスキー
ゲレンデをもつ大きな火山であり,山頂部に氷河がある.1953年12月,周囲
を氷で覆われた直径500mの山頂火口湖クレーターレイクの湖水面が急激に約
8m上昇した.湖底で始まったマグマ活動によって温められた湖水は氷の壁を
とかして穴を開け,土砂を含んだ大量の水をそこから一気にワンガエフ谷に流
し込んだ.こうして発生したラハールは南山腹の30kmを2時間で流れ下り,
タンギワイに達してそこにかかる鉄橋を破壊してしまった.その数分後,不幸
にも蒸気機関車に牽引された6両の客車がそこを通過しようとして川に転落し,
151人が濁流にのまれるという惨事が起こった.これはマグマの放出を伴う噴
火災害ではなかったが,ルアペフではその後,1969,1971,1975,1977
年噴火中にも破壊的なラハールが発生している.

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(5)岩なだれ 

1888年7月15日,磐梯山の山頂部分が北側へ崩れ落ちて山麓の3.5km2の
範囲に土石を堆積させる事件が起こった.檜原湖・小野川湖・秋元湖はこの土
石にせき止められて生じた湖である.事件直後にこの堆積物を調査した関谷清
景と菊地 安は,爆風が水平に射出されるのと同時に北側山頂部が崩壊し,大量
の土石が地すべり(landslide)として移動したと報告している.90年後にここ
を再調査した中村洋一(Nakamura, 1978)は,マグマあるいは高温の岩石の破
片が堆積物の中にまったく含まれていないことと,流下時に液体の水を含んで
いた証拠がないことから,この流れは乾燥状態の土石が流れたドライアバラン
シュ(dry avalanche)であると考えた.

1980年5月18日,米国ワシントン州のセントヘレンズ火山で磐梯山の数倍
規模の山体崩壊が起こった.残された堆積物の表面には多数の小丘が点在した
流れ山地形が見られる.小丘は巨大岩塊の集合でつくられている.断面を見る
と,流れたことによって変形はしているが,元の山体の一部分の構造が塊とし
て認められる.ときには降下軽石堆積物のような脆弱な塊が破壊されずにその
ままの形でみられる.塊と塊の間は,地表付近をつくっていた土壌と植物を多
く含む泥質の基質(matrix)で埋められている.岩なだれ堆積物の断面にみられ
るこのような構造をパッチワークという(図3.4)

パッチワークは,すでに述べた火砕流・熱雲・サージ・ラハールの堆積物に
は見られない.この流れの中ではガスや水が連続相をつくっていなかったので
はなかろうか.大気圧が地球の1/100〜1/150しかない火星にも岩なだれ堆
積物があるという事実は,岩なだれの流走にガスや水の連続相がかならずしも
必要でないことを示す積極的な理由としてあげられるだろう.

岩石や土砂は,流れの途中で地表面と衝突して大小の塊に分割しながらも,
全体としては,大きな降伏強度を持ったビンガム流体(Bingham fluid)特有の
栓流(plug flow)として流れたと考えられる.地表面との間の薄い境界層
(boundary layer)でのみ強い剪断力が働き,流れの主部はその上をまるで剛
体のように滑って移動したのである.表層物質を多く含む泥質の基質はこの境
界層で生産されて内部に取り込まれたにちがいない.

セントヘレンズ火山の研究者たちはこの流れをデブリアバランシュ(debris 
avalanche)と呼んで,ドライという語を意識的に排除した.流れた土石は乾
いた状態ではなく,いくぶん湿った状態だったからである.もし完全に乾いた
土石の流れだったら,火砕流と同じようにガスによる流動化現象が起こって堆
積物の中にその証拠(たとえば垂直なパイプ)が残されたはずである.しかし
実際には,地表近くの土石は湿っていたから粒子間粘着力によってガスによる
流動化が妨げられて,火砕流堆積物とはまったく異なる性質の堆積物が残され
た.デブリアバランシュを岩屑流と訳す人もいるが,アバランシュはなだれと
訳すべきであろう.岩屑なだれは原語に忠実な訳語といえるが,日本語として
熟しているとはいいがたい.ここでは岩なだれとよぶことにする.

1984年9月14日の長野県西部地震にともなって,御岳山で小規模な岩なだ
れが発生した.これを目撃した人の証言によると,岩なだれの上面に土ぼこり
は立っていなかったという.岩なだれの内部ではガスによる流動化が起こらな
いことを示す証拠のひとつである.

(6)溶岩流 

上昇の過程で揮発性成分を失ったマグマは,激しい爆発を伴わないで静かに
地表へ流出する.こうして溶岩流が生じる.粘性率が小さい玄武岩マグマは上
昇途中に揮発性成分を失いやすいから溶岩流になりやすい.粘性率が大きいデ
イサイト・流紋岩マグマは揮発性成分を失いにくいため,噴火初期に激しい爆
発を起こしてテフラを生産する.しかし噴火後期になると,揮発性成分を失っ
たマグマがゆっくりと上昇してきて厚い溶岩流や溶岩ドームをつくる.

玄武岩の溶岩流  ハワイ式噴火では,マグマが割れ目火口から噴水のよ
うに噴き出して周囲にスコリアを降り積もらせると同時に,割れ目火口の縁か
ら溶岩が溢れ出す.この噴火様式は,マグマが揮発性成分をまだ保持している
噴火初期に限ってみられる.脱ガスすることによってマグマの温度が急速に低
下するから,流れ出した溶岩は,まずその表面から固化臨界温度に達する.溶
岩の運動が継続中であると,半固結した表皮に剪断応力が働いて,表面にたく
さんの刺をもった溶岩破片がつくられる.これをクリンカー(clinker)という.
クリンカーで表面を覆われた玄武岩溶岩をアア溶岩(aa lava)という(図3.5).

噴火後期になって揮発性成分を失った玄武岩マグマが現われると,噴泉を噴
き上げることなく,火口から静かに地表に溢れ出し,ゆっくりと冷却して固化
する.こうしてできた,表面にクリンカーをもたない玄武岩溶岩をパホイホ
イ溶岩(pahoehoe lava)という(図3.6).パホイホイ溶岩の表面には縄模様
がしばしばみられる.溶岩の中にわずかに残った揮発性成分は高温かつ小粘性
率の環境下でゆっくりと成長するから,丸い気泡ができる.一方,アア溶岩の
気泡は不規則形をしている.

玄武岩マグマによる噴火が長期間続くと溶岩トンネルがつくられる.溶岩
トンネルが形成されるプロセスにはいくつかあるが,1)両側の溶岩堤防が接
着する場合と,2)流れてきた表皮が狭い通路に集積してつくられる場合を図
3.7に示す.溶岩トンネルは,溶岩を冷却させずに遠くまで運ぶことができる
効率のよいシステムである.溶岩トンネルの天井が陥没すると,それは天窓
(skylight)とよばれる.玄武岩溶岩原を上空から観察すると,天窓の並びによっ
て溶岩トンネルの位置を空から確認することができる(図3.8).

表面だけが固結して内部がまだ溶融している状態のときに溶岩流に外力が働
くと,表皮が破れて内部の溶融溶岩が絞り出されたり,表皮が押し縮められて
まわりより若干高い丘がつくられる.そうしてできる表面微地形には多くの名
前が与えられている.スクイーズアップ(squeeze up)・プレッシャーリッジ
(pressure ridge)・テュムラス(tumulus)などである.

玄武岩マグマが水底に噴出すると,しばしば枕状溶岩(図3.9)がつくられ
る.水冷作用が効果的に働いてガラス質の破片が大量に生産されると,ハイア
ロクラスタイト(hyaloclastite; 図3.10)になる.

安山岩の溶岩流  安山岩の溶岩流の表面は大きな溶岩塊で覆われている.
このような溶岩を塊状溶岩(block lava)という.塊状溶岩は内部まで溶岩塊
でつくられているのではない.高温溶融体が冷却固化した緻密な岩体が内部に
隠されている.表面の溶岩塊は,アア溶岩のクリンカーと同じようにしてつく
られる.安山岩溶岩流の両側端には自然堤防が見られることが多い.

厚い溶岩の冷却はゆっくりと進むから,その過程で収縮して柱状節理が生じ
る.柱状節理の断面は六角形を基本としている.節理は等冷却面に垂直に低温
側から高温側へ,すなわち外から内へ,伸びる.傾斜していない平坦面の上で
固結する溶岩の上面と下面からは,それぞれ上部コロネード(colonnade)と下
部コロネードが整然と伸びる.上下のコロネードがぶつかったところをエンタ
ブラチャ(entablature)という.コロネードとエンタブラチャはギリシャ建築
の用語である.谷を埋めた溶岩流の等冷却面は曲がっているから,柱状節理は
複雑な形態をとる(図3.11).急斜面を流下した溶岩流には,下面に平行な板
状節理がしばしば見られる.これは剪断応力によってつくられる.

高温の溶岩が水を閉じ込めると,溶岩の熱で水が気化して水蒸気となって下
から上へ溶岩の中を煙突が突き抜けることがある.これをスパイラクル
(spiracle)という.溶岩流の表面にできるすり鉢状のくぼみを二次爆発火口と
いう.

デイサイト・流紋岩の溶岩流  デイサイトと流紋岩マグマは,火口から
盛り上がって溶岩ドームをつくるのがふつうで,地表を流れ下ることは少ない.
流れ下った場合は,しばしば急冷されて黒曜石溶岩流になる.表面のしわ模様
が顕著である.一般的に言って,溶岩流の厚さは,玄武岩・安山岩・デイサイ
ト・流紋岩の順に厚い.


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