2章 空から降る



(1)噴煙柱のダイナミクス 

熱源から短時間だけ熱が放出されると,そこから空気のかたまりが上昇する.
これをサーマルとよぶ.夏の空にみられる入道雲はサーマルの典型である.火
山噴火でも,熱の供給が短時間で終了するとサーマルが発生する.これとは異
なり,熱の供給が長時間続いて定常状態が現出する火山噴火もある.そのよう
な噴火では熱が連続的に上へ運ばれるプリュームが火口の真上に生じる.
火山爆発で生じるプリュームは噴煙柱とよばれる.噴煙柱は,下からガス
推進域,対流域,かさ形域の三つに分けて考えることができる(図2.1).

基部のガス推進域では圧力が急激に開放されるから,マグマに溶け込んでいた
ガスが気化膨張し,その推進力のために強い上昇流が生じる.しかしそれは重
力によってすみやかに減速されてしまう.最大級の噴火でも,ガス推進域は噴
煙柱の基部2〜3km部分を占めるにすぎない.ガス推進域の上には浮力が支配
する対流域がある.周囲から取り込まれた空気が噴煙柱内部のマグマの破片が
もつ熱で暖められて膨張し,噴煙全体の密度が減少するために,噴煙は浮力を
獲得して上昇が継続する.噴煙柱の密度と大気密度が等しくなった高さが対流
域の上限である.ところがその高さでの噴煙上昇速度はゼロではないので,噴
煙は慣性力でもうしばらく上昇する.水平方向への広がりが著しいのでこの部
分をかさ形域という.このかさ形域の存在が降下テフラの分布に大きな影響を
与える.

ふつうの噴煙柱は上昇するにしたがってガスの速度がゆっくりと減衰するが,
周囲から取り込む空気の量が比較的少なくて,それが効率的に暖められると,
対流域でのガスの上昇速度が加速することがある.これを超浮力型噴煙とい
う.噴煙柱の周と断面積の比を考えると,大面積の熱源から噴煙が立ち上がる
と超浮力型になりやすいことが予想される.実際,火砕流が流れ出た直後にそ
の堆積物の表面から上昇するサーマル雲は,直径数〜数十kmの巨大熱源から
発生するから超浮力型が実現しているようだ.その種のテフラは風上側にも遠
くまで分布し,かさ形域が大きく広がったことを示唆している.

噴煙の高さHは熱エネルギーの放出率Qの1/4乗に比例する.プリュームの場
合は,

      H = 8.2 Q^1/4             (2.1)

の関係が成り立つ.ただし,単位はH(m),Q(W)である.Hはふつう1kmか
ら50kmまでの間の値をとるから,それに対応するQは108〜1015Wの間にある.

(2)テフラの降下と分布を支配する要因

爆発的噴火によって空高く上昇したテフラ粒子は,重力と空気抵抗がつりあ
う速度で落下する.これを終端速度という.直径1cmの軽石の終端速度は地
表付近で約5m/sである.テフラ粒子は落下中に横風によって水平方向に運ば
れるから,終端速度の小さいテフラ粒子ほど火山から遠くまで達する.
半径r,質量m,密度σの球にはたらく力を考えてみよう:

   m dv/dt = -mg + ρCπr2 v2  / 2         (2.2)

右辺第一項は重力,第二項は抵抗力である.ただし,g:重力加速度,ρ:
大気密度,C:抵抗係数,v:落下速度である.

m = 4πr3σ / 3 であるから,2.2式は

   dv/dt = -g + 3ρCv2 / 8rσ          (2.3)

と書くことができ,rσが一定の粒子は噴煙柱内部での上昇過程と大気落下
中に同じ挙動をとることがわかる.ただし,この場合は粒子の形状を考えてい
ない.不規則な形をした粒子は,より小さい球形粒子と挙動をともにする.
2.3式でdv/dt = 0とおくことにより,粒子の終端速度は

   v = (8grσ / 3ρC)1/2

と求められる.

地球大気は密度成層しているため,高空を落下するテフラ粒子に作用する空
気抵抗は低空でのそれよりずっと小さい.つまり,高空でのテフラ粒子の終端
速度は地表付近よりはるかに速い.任意の大きさのテフラ粒子が高さ50kmか
ら20kmまで落下するのにかかる時間と,高さ5kmから地表まで落下するのに
かかる時間はほぼ等しい.このことから,降下テフラの分布は低空の風ベクト
ルに支配されやすく,高空での風ベクトルに依存する度合いは小さいといえる.

図2.2に示したように,夏期,中緯度地方の成層圏には東風が吹く.しかし,
それによる横方向の変位は対流圏に一年中吹いている強い偏西風で打ち消され
やすい.高い噴煙柱が立ち上がるプリニー式噴火の降下テフラのほとんどが,
日本のような中緯度地方では,火山の東側に分布するのはこのためである.た
とえば,図2.3に示した十和田火山南部軽石には東南東方向に顕著な分布軸が
認められる.このような細長い分布形態をなすテフラは,偏西風が強まる冬期
に噴火した可能性がつよい.火山の西側へ遠くまで分布する降下テフラ(たと
えば,カワゴ平,十和田A)は,台風などの強い低気圧が接近した悪天候時に
噴火が起こったことを教えているのだろう.

低緯度地方の対流圏の風速は一年中弱いから,プリニー式テフラの多くは火
山の四周に分布する.低緯度地方の火山のテフラ層序は,露頭さえあれば,立
てやすいという実利的効果を,この特性は生んでいる.弱いながらも風向きは
東よりであることが多いから,等層厚線が西にやや伸張するのがふつうである
(図2.4).ただし上空10kmふきんが西風になる冬期に噴火したテフラの等
層厚線は複雑である.

高緯度地方では,寒帯前線ジェットが南北にうねりながら波状に吹いている
から,プリニー式テフラの多くは火山の北または南に分布する(図2.5).
ストロンボリ式噴火やハワイ式噴火によって低い噴煙柱から落下するテフラ
粒子は,上空の卓越風の影響をあまり受けない.そのときの地表風の向きによっ
て東西南北いずれの方角にも分布し得る.そのような弱い噴火はしばしば長く
続くから,最終的な等層厚線は火山を中心として円を描く.

高さ30kmを超える高い噴煙柱では,風速を上回る速度でかさ形域が水平方
向に大きく広がるため,風上側へもテフラが降下することがある.現在の桜島
の位置から2万6000年前に噴出した大隅軽石は風上側へ20km以上分布してい
る.フィリピンのピナツボ火山の1991年6月15日噴火では,台風の雲を突き
抜けてかさ形域が円形に大きく広がるようすが日本の気象衛星「ひまわり」で
観測された.この噴煙をプリニー式噴火によるものとみる考え方もあるが,む
しろ,大規模火砕流にともなったサーマル雲と考えたほうが矛盾が少ないよう
に思われる.超浮力型噴煙柱が実現したのではないだろうか.

火山シルト・火山粘土は大気中で集合して火山豆石をつくりやすい.そうし
て,単独粒子としての終端速度よりずっと速い速度で落下することがむしろ普
通である.火山近傍にみられる降下シルト層・降下粘土層はこうしてつくられ
る.

(3)噴火の持続時間

瞬間的爆発であるブルカノ式噴火とちがって定常状態が実現するプリニー式
噴火では数十分から数十時間噴火が継続する.アイスランドのヘクラ火山の
1947年3月29日の噴火では,噴火開始後12分で噴煙柱の高さは27kmに達し,
21分でピークの30kmに達した.そして約1時間後には10kmまで低くなった
(図2.6).伊豆大島1986年11月21日の噴火は,17分で6km,32分で9
kmを超え,1時間後にピークの16kmに達した.9kmより高い状態は3時間
続いた.セントヘレンズ火山1980年5月18日の噴火は,13分で25kmの高さ
に達した.噴煙の水平移動速度は28m/sであり,高度12km付近の風速とよく
一致した.プリニー式噴火は9時間続いた.

スコリア丘を形成するストロンボリ式噴火はしばしば数か月以上継続する.
メキシコのパリクティン火山の噴火は終了までに30年かかった.ただし初めの
1年間の噴火が活発であり,スコリア丘の過半はそのときつくられた(図2.7).

(4)噴火様式の分類

テフラを降らせる噴火様式は多様であるから,いくつかの類型が認識されて,
それぞれに固有名詞が与えられている.すでに用いたプリニー式・ストロンボ
リ式・ブルカノ式・ハワイ式がそれらである.

プリニーは,79年のベスビウス火山の噴火を詳しく記録した人の名前である.
ポンペイを降下軽石で埋没させたこの噴火を模式例として,高い噴煙柱から軽
石を降らす噴火をプリニー式とよぶ.ストロンボリとブルカノは地中海にあ
る火山島の名前である.ストロンボリは別名「地中海の灯台」と呼ばれるよ
うに,火口から灼熱したスコリアを数秒から数分おきに放出する状態がしばし
ばみられる.一方,ブルカノは数時間から数日おきに単発の爆発を起こし,サー
マルを立ち上げる.日本では,桜島が1955年以降これとよく似た爆発を繰り
返している.ハワイのキラウエア火山とマウナロア火山では,山腹に割れ目が
走って,そこからマグマが噴水のように噴き出しつつ溶岩が流れ出す噴火がし
ばしばみられる.以上のような,特定火山あるいは特定地域で典型的に見られ
る噴火様式を,その地名を冠して○○式とよんで類型化する命名法はわかりや
すい.

しかしこの命名法にはあいまいさが大きいため,これまでしばしば混乱を発
生させるもとになってきた.そこで,ウォーカー(G.P.L. Walker, 1973)は既
存の固有名詞を生かしつつ,堆積物を使ってできるだけ客観的に噴火様式を定
義する方法を提案した.図2.8の横軸にとった分散度とは,火口直上で期待さ
れる仮想的最大層厚の1/100の等層厚線で囲まれる面積をkm2で示した数値で
ある.これは,噴煙柱の高さを反映したパラメータであるから,ハワイ式・ス
トロンボリ式・プリニー式を図2.8のような領域で区分して定義することがで
きる.プリニー式が占める領域は十分大きいので,準プリニー式・(正)プリ
ニー式・超プリニー式に三分割される.

縦軸の粉砕度は,分布軸上で仮想的最大層厚の1/10の厚さをもつ地点の堆
積物試料中における1mm以下の粒子が占める割合を重量%で示した数値である.
火山灰雲の中で集合して火山豆石が生じるかどうかが1mm以下の粒子が堆積
するかどうかを左右するから,この粉砕度が爆発力の強さだけを反映している
わけではないことに注意する必要があるが,一般的には,粉砕度が大きい堆積
物は水蒸気マグマ噴火で生じた例が多い.粉砕度が大きい噴火のうち,分散度
が小さいものをスルツエイ式噴火,分散度が大きいものを水蒸気プリニー式
噴火とよぶ.スルツエイは,1963年にアイスランドの南沖で起こった海底噴
火で新しく生じた火山島の名前である.水蒸気プリニー式噴火は歴史時代に噴
火事例がまだないので固有名詞がついていない.

以上は,プリュームを立ち上げる噴火様式の分類であった.ブルカノ式噴火
はサーマルを上げるから,この図2.8で示すことはできない.

阿蘇山でしばしばストロンボリ式噴火が発生したと伝えられることがあるが,
その噴火の堆積物はほとんど火山灰粒子からなり,図2.8のストロンボリ式の
範囲に入らない.顕著な爆発音が聞かれないまま,火口の上にプリュームが数
時間以上継続して立ち上がるから,これはブルカノ式でもない.小野晃司たち
の主張にしたがって,このような噴火様式を新しく灰噴火とよぼう.爆発音を
ともなわない桜島の噴火も同じ灰噴火である.


目次に戻る
早川研究室ホームページに戻る