TBS報道特集 2000年9月3日

キャスター「全島避難にいたるまでの,予知連と行政側の間のコミュニケーションに問題がなかったのかどうか,検証してみました」

ナレーション:海にまで達した火砕流.先月29日,三宅島の北東側で発生した火砕流は海沿いの集落を飲み込んだ.神着地区,美茂井.住民は火砕流に家ごとすっぽりおおわれた.そのまれな経験を語る.

野田理恵「白い車にこう,ぼつっぼつっと,泥の雨がふってくるので,その泥の雨がほんの少しでやんで,あとはもう真っ暗です.で,あの電気の光の帯のところだけ,霧というか,砂なのか火山灰なのかわかんないですけれど,ぐるぐるぐるぐる渦巻いているのが見えた感じですね」

ナレーション:野田さんは,家の中に避難したがそこでも異変は起きていた.換気扇を通じて煙のようなものが入ってきたという.

野田「ここからこう,もわーっと,下りてくる」

記者「それはなんか,ガスかなんかですか?」

野田「ガスのようにみえました.臭いはもう,硫黄の臭いとそれから,鉄サビの臭さですね.ものすごくサビくさい,気がしました」

ナレーション:この日の火砕流は雄山山頂から南北2方向に流れていた.気象庁では,低温で湿った火砕流が発生したとする見解を出した.温度は30℃と低く,速度も遅かったため,大事に至らずにすんだ.しかし専門家は,同じ日の火砕流の映像を見てこう話す.

小屋口剛博(東京大学)「たとえばここのところをですね.これはもくもくとした形があって,それでその部分が上昇していますよね.これはこの部分で熱があって,それを浮力でもってその上昇している.この部分がそうですね.かなり熱を持っていたということを示している.そういう映像ですね.これは」

ナレーション:今回の火砕流も,一部には高熱を伴っていた可能性があるという.今後,より高温で危険な火砕流が起きる可能性は高いと小屋口助教授は警告する.

三宅島で火砕流が起きた.この突然の事態で,全島避難の指示が出された.明日までの三日間で,島に残っていた住民,およそ900人が避難することになる.

避難する船上の男性「さびしいですね.感無量ですね.うーん,離れるといってね,これでね,いつ帰るっていう,帰り目が決まっていればさあ,あれだけども.

女性「東京といっても,やっぱり生活のほうもね,金がなけりゃあできねえし,兄弟がいたったってやっぱりね,迷惑かけたくないから.ほんとは,ここで死んでもいいだけどな」

ナレーション:三宅島では,これまで火砕流が発生したという記録はなかった.なぜ突然火砕流が起きたのだろうか.じつは三宅島では,火山観測史上,例のないことが起きている.火口が大きく陥没しているのである.この陥没が,火砕流発生と関係しているのでは,という見方がある.

小屋口「陥没地形ができたということがひとつの原因と考えていいと思うんですね.火砕流を流す可能性も含めて,すべての噴火様式というものが起こりうる」

ナレーション:火口では何が起きているのだろうか.噴火のさい,マグマの破片と水蒸気などの混合体ができる.そこに空気が取り込まれ,熱で暖められて膨張すると浮力をもつ.その比重が空気より軽いと噴煙となり,火口から上にたちのぼる.空気より重いと,火砕流となって山肌を下る.火口に陥没地形があると,空気が取り込みにくくなり,噴煙として上昇するよりも,火砕流が発生しやすくなるという.

小屋口「陥没地形があってその,その底から噴いてるとなると,空気がこう,上から入ってこないという,直感的にみても空気がまざりにくい状態になっていますね.そうすると,浮力を生み出す空気が,まざりにくいということで,それは陥没地形がないときにくらべると,火砕流が生じやすいという条件なっています」

ナレーション:火砕流の発生は微妙な条件に左右されているのだ.次の火砕流がどのようなルートをたどるのか,予測することもむずかしいという.

小屋口「実際に陥没地形のどの部分から噴煙が上がり始めたのか,というその微妙なことで, 360度どちらにも流れると.それこそちょっと風向きが変われば,山頂近くで少し沢筋が変わるだけで方向ががらっと変わってしまいますから.島のどこにいたら安全ということを,いまの段階で特定することは,危険だと思います」

ナレーション:予期せぬ火砕流をきっかけに出された全島避難の指示.タイミングはこれでよかったのか.一連の火山活動のなかで噴火の性格が大きくかわった時期があった.

小屋口「8月10日の噴火タイプを見た段階で,いわゆる玄武岩質溶岩でありながら,マグマが破砕するということが重要になってくる噴火タイプに変わったということはもう,ほぼ間違いないですね.しかもそうなってくると,噴石を飛ばすとかあるいは弾道岩塊を飛ばすとか,あるいは火砕流を流す可能性も含めて,すべての噴火様式というものが起こりうるということは,その段階で,わかってたことです」

ナレーション:当初想定されていたのは,最悪でも山腹から溶岩がゆっくり流れ下るというこれまでの三宅島の噴火形態だった.

小屋口「噴火タイプが変わったということに関しては,かなり多くの火山学者が比較的早い段階で気がついてたと思うんです.それはいろんな形でメッセージが出てたと思います.

だけどもそれが,なかなかうまく伝わらなかった

ナレーション:(8月18日)この日,これまでで最大規模の噴火が発生する.もうひとつのターニングポイントは,まさにこの日だった.午後5時2分.火口から立ち昇ったのが黒っぽい噴煙で,気象庁によれば上空8000m以上にまで達した.そしてこのとき,ついに恐れていた事態が起きる.噴石による被害である.直径20cmを超える石が,弾道を描いて飛び,5cm程度の噴石が坪田・三池といった住宅地にまで達していた.車の窓ガラスが割れる被害があちこちでおきた.ボンネットや屋根もへこみ,その威力をみせつけた.島の西側では直径1mもの噴石がみつかり,住民は今回の火山活動のなかで新たな身の危険を感じていた.

避難所の女性「ほんっとに,こわかったです.こわいってもんじゃない,死ぬんじゃないかと思ったもん」

白い帽子の男性「こんどばっかりはだけどまいったい.いままでの噴火と違ってね」

ナレーション:噴石の飛び方はその大きさによって二つのタイプに分かれる.5cm以下の小石と,数十cm以上の弾道岩塊だ.このうち小石の飛び方を再現実験してみた.

小屋口「このノズルの部分が火口だと思ってください.そこから,小さいサイズの小石が上昇気流で上がって,それで,大気中を落下してくと」

池田キャスター「この,ひとつ一つがその噴石に見立てている」

小屋口「そうですね.ひとつ一つがそうです.直接人間にあたった場合には,かなり致命傷になると考えられます」

ナレーション:噴煙の高さを1万mと仮定すると,落下するスピードは,計算上,時速100kmから200kmにも達するという.

小屋口「風向きその他の影響にもよりますが,可能性としては全島まんべんなくそういうことが降ってくる可能性があるというのが,18日の噴火が示した事実だと思います」

ナレーション:一方,大きな石,弾道岩塊は,物を投げたときのように放物線を描いて飛ぶ.数10cmの石が飛んでいく距離はせいぜい5kmだが,それでも,雄山の火口からは,住居のある海岸線まで到達してしまう.

8月21日記者会見で)

井田会長「われわれのシチュエーションとしては,まずこういう認識を,噴石の危険性ということを,まず言うことである.それへの対応については,基本的には,気象庁,行政機関のやることなんだけど,それは次のステップである」

ナレーション:最大規模の噴火のあった18日夜.三宅村の村長が,じつは,三宅支庁のトップに面会をもとめていた.三宅支庁は東京都の出先機関である.

三宅村長は,こう切り出した.「全島避難をお願いしたい.」これに対し,三宅支庁長は,

島を捨てるつもりですか.いまの段階で全島避難は,現実的ではないでしょう」とたしなめた.

都のある幹部によれば,住民に混乱を招くとしてこのやりとりはなかったことにする,という合意ができたという.

24日,三宅支庁長が村議会を訪ねて,あらためて全島避難にたいする東京都の考え方を示した.

宮澤正(東京都三宅支庁長)「全島民をすべてですね,避難をさせる,島外に.それは考えておりません」

取材記者「都としては?」

宮澤支庁長「はい」

ナレーション:これに対し村側は,子どもたちだけでも島外避難させてほしい,と求める.都側も,この要望については検討を約束した.その5日後,火山噴火予知連の井田会長が,現地を視察.村役場の会議室でこう切り出した.

井田会長「わたくしの,まあ,むしろ予知連絡会の考えっていうものよりわたくしの個人的なむしろ,ま,えーといろいろ考えたことなんですが,命を守るってことだけを最優先にするっていうことでしたら,まあ避難したほうがいい.だけど生活するとどういうふうにバランスをとって行くか.それでま,いまは,いつになったらたとえばそれがわかるってことは,いま必ずしも言えない」

ナレーション:同じ日,マレーシア訪問中の石原都知事は,井田会長の発言にこう切り返す.

石原都知事「予知連の会長が何言ったのか知らんけど,私に入ってきた情報だと,命が,個人的な,その見解だけど,命が惜しいひとは出たほうがいいって,そうはわたしは言ってない,みたいな話がまた来るわけ.それをいちいち聞いてたらね,とても切りないっていうか,行政そのものの支点がぐらついてくるし,かえってそりゃ島民に不安を与えますからね.だからわたしは,予知連っていうものの,公式の見解ってものを聞いて,つまり判断しようと

ナレーション:まさにこの日の朝,あの火砕流が発生していたのだ.そして.

8月31日の記者会見で)

井田会長「たとえば火砕流,あるいは噴石も含めて,この前から噴石は言ってる.危険な現象が起こることを事前に把握できるかどうか.ことによると前兆かもしれないってなことが傾斜運動なんかにとらえられているわけですけれども,いまの段階ではとてもそれでもって予測できるという段階にはありません.われわれの予知連絡会からのメッセージは,この事実を,防災関係者は,重要視して受け止めてほしいと,そういうふうに考えてます」

ナレーション:この明確なメッセージは,同時に,噴火予知の限界を明らかにせざるをえない苦渋の発言でもあった.かくして全島避難が始まった.わかりにくい学者の言葉.学者泣かせの行政.両者のコミュニケーションに問題はなかったか.あの噴石で,人的被害がでなかったのは奇跡に近いという見方さえある.そして,火砕流.今後の火山活動について,三人の研究者は,こうみている.

山岡耕春(名古屋大学)「島がだいたいもう,かれこれ50cmぐらい南北で縮んでいるんですけれど,その縮んでいるスピードがぜんぜん収まらないんですよね.三宅島が縮んでいくスピードがどうなるかってのがおそらく鍵になっていて,たぶんそれは,そのうちに収まっていく,かもしれない.でもその,収まるまでにですね,どれくらい時間がかかるか,が問題.だから,たとえばどんどん,水と熱が反応して,それでどんどん水蒸気爆発を繰り返して,かなり火山灰が厚く積もるとか,そういうことが起きる可能性はけっこう高いですね」

小屋口剛博(東京大学)「今後どういったタイプの火砕流が出るかということも含めて,非常に予測がむずかしいわけですね.それは先ほどもいったように,要因が複数ある.しかもその複数がからんでいる要因のちょうど境界付近に現状がある.その二つのために,火砕流になりやすいか,噴石になりやすいかということを,いまの段階で事前に知ることは,ほとんど不可能だと言っていいと思います」

早川由紀夫(群馬大学)「たぶんカルデラができるんだろうと思います.カルデラができるときに,そのまわりにどのような災害が起こるかっていうのは, 3000年も前に起こった,そしてめったにおこらない現象,事件ですから,いまそれを正確に予測することは本来無理なことです.厳重な警戒が,いま三宅島およびその周辺に対して必要だろうと思っております」

灰色背広のキャスター「先が見えない,予測できない,というのが現時点での結論ということになりましょうか」

池田キャスター「そうですね,研究者の中には,すでに火山活動は終息に向かっているんだというふうに考えている人もいます.ただこれだけ例のない事態ですから,このままおとなしく終わるのか,ほんと先に何が起きるのかわからないという,それはもう依然として,そういう状態は続いているわけなんですね.

そうした中で,火山を観測するポイントの重要なひとつが,いま,火口の変化なんですが,今朝,最新の映像を撮ることができました.ごらんください.7時半ごろの映像なんですが,三宅島の,雄山の火口です.火口の拡大をみる目安にしているのが,このいま映ってる小さな池なんですが,これにかなり火口の縁が近づいてきていることがみてとれます.3週間ほど前にこの番組でお伝えした映像よりも,まず200m程度は,広がっている.と,こんな感じですけれども,みていいとおもいます」

黒色背広のキャスター「こんどの全島避難,いまも続いているわけですけれども,このタイミングは結局,よかったっていうことは言えますか?」

池田キャスター「つねに,全島避難,こうしたタイミングってのは生活と安全の板狭みで,つねにむずかしいと思うんですね.とくにいま,避難してみれば,住民のかたのほとんどは収入のない状態になってしまっている.その人的被害が出たか,出なかったことについては,今回,結果的にはよかったんだと思うんですね.ただその,防災機関のほうが,こうして噴火が爆発的な新しい形態になっていったことをどこまで把握していたのか,そこのところを住民にきちんと常にわかりやすく情報が行ったかどうか,これは今後もきちんと検証しなければいけませんし,疑問が残る点だと思います」09031731jnn