地学セミナー

ローム層成因論の反証可能性と前進的研究プログラム

Falsifiability of Genetic Studies on Loam and a Progressive Research Program

I はじめに

 『火山』40巻3号(1995年)は「堆積物による火山噴火史研究」特集号である.ローム層の成因を扱った6編の論説と巻末にまとめられたコメント集からなっている.この特集号は,対立する見解を無理に統一することを嫌ってそのまま掲載しているので,ローム層の成因に関する最近の研究を偏りなく理解しようとするときに好都合である.
 私は,そこに「日本に広く分布するローム層の特徴とその成因」と題する論説(早川,1995a)を書いてローム=レス説を主張した.ここでは,そこに書き残したこと,およびそれ以降に考察したことを簡潔にまとめてみたい.

II ローム=レス説を支える観察事実

 火山に近づいてもローム層はほとんど厚くならない.また,粗くもならない.火山近傍で厚いスコリア層が認められるのは特定火山の特定層準にのみ限られ,そのような例は少数である.この観察事実は,ロームが火山の噴火堆積物ではないことを積極的に主張している.
 ロームがレスであることを積極的に支持する観察事実は以下のように複数ある:
1)降灰がなくてもロームが堆積する.
2)非噴火状態が長く続くはずの単成火山地域でも,テフラ(噴火堆積物)の間にロームが挟まれている.
3)火山噴火の頻度は一般に低く堆積量も少ないが,地表風による塵の堆積量はロームの形成を十分まかないうる.
4)側方に追跡すると,ロームはしばしば湖成シルトや泥炭に置き換わる.
5)クロボク/ローム境界はしばしばテフラと斜交する.

III ローム=レス説の反証可能性

 反証可能 (falsifiable) でなければほんとうの科学的理論でないとするカール・ポパーの考え(都城,1994a)に基づいて,ローム=レス説の反証可能性を検討してみよう.もし以下の二つのどちらかあるいは両方が確認されたときには,ローム=レス説が誤りであることが証明される.
1)ローム層が火山近傍で厚い降下テフラ層に置き換わることが確かめられた場合.
2)ローム式火山灰噴火が観測された場合.
 つまり,ローム=レス説は反証可能であり,科学的理論としての条件を備えている.ポパーによれば,内容を豊かにし,否定(反証)される可能性の多い大胆な理論(仮説)を唱えることが,科学の進歩への道である.説(仮説・理論)はいつでも暫定的なものであって,すべて反証されて,改善されるのが科学の常道である(都城,1994a).
 ローム層の成因論の中には反証不可能なものもある.一例をあげれば,「ロームが堆積していた更新世には日本中のほとんどの活火山が毎日といってよいほど噴火していたが,完新世にはいるとそれらが順次噴火をやめた.そのために現在クロボクが堆積している」とする考えがそれである.この学説は,後戻りできない時間の矢を巧妙に利用して反証することを不可能にしている.反証不可能な学説を科学の対象とすることは困難である.

IV 小規模噴火論者が解決すべき課題と前進的研究プログラム

 ローム層は小規模噴火の堆積物であると考える小規模噴火論者(たとえば,小野ほか,1995;鈴木,1995)のほうが,現時点では,レス論者より多数派を占めているようだ.小規模噴火説をとった場合に解決すべき課題を以下にあげる.
 もし小規模噴火説が正しければ,1)火山はほとんど常に噴火しているから一回の噴火がそもそも定義できない,2)堆積物によって噴火事件を数えることは絶望的である,という結論が導き出されよう.これらは,科学としての火山学の体系化にとって重大な障害となるだろう.
 また,小規模噴火論者はローム式火山灰噴火なるものが存在すると主張することになるから,その具体像を提出する責務を負っている.さらに,プリニー式軽石噴火よりむしろローム式火山灰噴火のほうが大容量のマグマを噴出する噴火様式だと主張することにもなるので,火山の噴火史研究のスタイルが,レス論者のそれとはおのずと異なるものになるはずである.
 ローム層が火山の小規模噴火でできるのであれば,その堆積の等速性は保証されない.テフラを時間軸として使う第四紀学者にとって,これはたいへん深刻な問題になるであろう.
 このように,小規模噴火説は多くの課題を未解決のまま抱えている.だから小規模噴火説は誤りである,とはいえないが,ラカトシュの研究プログラム (reseach program) という概念(都城,1994b)を用いて考えると,レス説のほうが小規模噴火説より前進的な (progressive) 研究プログラムであるように,私には思われる.堆積物とそれをつくったプロセスは一対一に対応する(早川,1995b)と考える変化しない中核 (hard core) が,レス説にはある.その場限りのアド・ホックな仮説 (ad hoc hypothesis) で理論と観察事実の矛盾を言い逃れたりもしない.
 二つの対立する理論のうちのどちらが正しいか結局どうして決まるかについて,都城(1995)はデュエムの考えに基づいて次のように書いている(都城,1995).「あるところまではアド・ホックな仮説を追加して実験と合わせていっても,それ以上アド・ホックな仮説を積み重ねるのは良識に反すると当事者が感ずるようになって,一方が仮説をそれ以上追加して自説を守ろうとしなくなる.論争はここで終わり,それによって勝敗がきまる.つまり,論争の終わりは純粋に論理的に決まるのではなくて,良識の判断によって決まると彼(デュエム)はいうのである.物理学でさえ,そうなのである.まして地質学では,多くの論争は純粋に論理的に決着しなくて,最後は良識の判断によらなくてはならなくなる.」
 ローム層の成因論もその例外ではないだろう.

V レスの原物質である細粉をつくるメカニズム

 氷河から流れ出る水は,glacier milkとよばれるように細粉を多量に含んでいる.氷河が岩盤をヤスリのように削って細粉をつくる作用はレスの原物質をつくるメカニズムとして重要である.爆発的火山噴火は,細粉を作るもうひとつの重要なメカニズムである.世界のレス帯は,原物質の違いからこのどちらかに分類できるだろう.
 非溶結の大規模火砕流堆積物(たとえば南九州の入戸火砕流堆積物,草津白根の太子火砕流堆積物,北海道の洞爺火砕流堆積物)は,レスの原物質の長期的供給源としてとくに注目される.
 瀬戸内地方・東海地方の地表を覆うレスが例外的に薄い事実は,第四紀後期に爆発的火山噴火も氷河も両地域の風上側近傍にほとんどなかったからであると考えれば,説明可能である.瀬戸内地方の場合は,堅い中古生層・カコウ岩からなり,かつ乾燥しやすい気候条件下にあるため,はげ山になりやすくレスが堆積しにくいという効果も無視できないだろう.

VI おわりに

 私がローム層に注目してその成因について考え始めたのは,十和田湖周辺の火砕堆積物を博士論文の題材として1982-1984年に調査していたときである.私の博士論文は,結局,火砕堆積物を用いて爆発的火山噴火の特徴を議論する内容になったが,その中で,「テフラの間に挟まれる土壌は十和田湖に近づいても厚くならず,どこでも同じような厚さである.その堆積速度は0.1 mm/年の桁である」と短く述べた(Hayakawa, 1985).
 審査員のひとりとして私の博士論文を読んでくださった中村一明先生は,この部分に注目して「もっと論じてほしい」と感想を述べられ,『軽石学雑誌』に書かれたご自身の論文(中村,1970)のコピーをくださった.そこには,私の頭の中で未整理のまま放置されていた概念が詳しく論述してあった.
 まもなく私は,ローム層に関するその時点での自分の考えをまとめて,中村(1970)を引用しつつ,1986年4月の日本火山学会で口頭発表した(早川,1986).この発表に対して中村先生は,「誰かがすでに言ったことと同じだなんて強調する必要はありません」と励ましてくださった.
 その11月,伊豆大島で噴火が始まった.現地でそれを体験した私は,この噴火がどう推移するか予測したいという強い願望をもった.それを実現するためには事例研究が必要で,過ぎ去った過去に流れた時間の長さを測る技術をもたなければならないと痛感した.
 しばらくの思弁ののち,それにはローム層を使うのがもっともよいと確信し,その後わたしはローム層に注目した火山噴火史研究に傾倒した.新しいスタイルによる火山の噴火史論文を複数執筆することを当面の目標として,由井将雄さん・井村隆介さん・小山真人さんらと共同で,草津白根火山(早川・由井,1989)・阿蘇火山(早川・井村,1991)・東伊豆単成火山地域(早川・小山,1992;小山ほか,1995)・伊豆大島火山(小山・早川,1996)ほかでそれを実践した.しかし,ほんの短いまとめ(早川,1991)を除けば,ローム層の成因をまとめて論じる機会をごく最近まで私はもたなかった.昨年,『火山』誌に特集「堆積物による火山噴火史研究」を企画することに参加し,そこに私自身も一編の論説(早川,1995)を書くことによって,この10年間に私が獲得したローム層に関する知見をほとんど表現することができた.そこにも書いたように,まだ説明できないことがらがいくつかこの成因論には残されている.今後は,それらをひとつ一つ解決していくことが必要である.それと同時に,この成因論の視座に立った噴火史研究がすべての火山で遂行されることを希望する.

文献
Hayakawa, Y. (1985) Pyroclastic geology of Towada volcano. Bull. Earthq. Res. Inst. Univ. Tokyo, 60, 507-592.
早川由紀夫(1986)火山灰土の成因と堆積速度.日本火山学会講演予稿集,1986年度春期大会,34.
早川由紀夫(1991)テフラとレスからみた火山の噴火と噴火史.第四紀研究,30,391-398.
早川由紀夫(1995a)日本に広く分布するローム層の特徴とその成因.火山,40,177-190.
早川由紀夫(1995b)小野ほか論文「阿蘇火山中岳の灰噴火とその堆積物」へのコメント.火山,40,211-212.
早川由紀夫・井村隆介 (1991) 阿蘇火山の過去8万年の噴火史と1989年噴火.火山,36,25-35.
早川由紀夫・小山真人(1992)東伊豆単成火山地域の噴火史1:0〜32 ka.火山,37,167-181.
早川由紀夫・由井将雄 (1989) 草津白根火山の噴火史.第四紀研究,28,1-17. 
小山真人・早川由紀夫(1996)伊豆大島火山カルデラ形成以降の噴火史.地学雑誌,105,(印刷中)
小山真人・早川由紀夫・新井房夫(1995)東伊豆単成火山地域の噴火史 2:主として32ka以前の火山について.火山,40,191-209.
都城秋穂(1994a)地質学とは何だろうか 5 常識的科学観の誤りと,地質学的観察の理論的依存性.科学,64,749-755.
都城秋穂(1994b)地質学とは何だろうか 6 科学の歴史的発展過程についてのモデル.科学,64,808-816.
都城秋穂(1995)地質学とは何だろうか 13 記載的科学のライフサイクル.科学,65,842-849.
中村一明(1970)ローム層の堆積と噴火活動.軽石学雑誌,3,1-7.
小野晃司・渡辺一徳・星住英夫・池辺伸一郎・高田英樹(1995)阿蘇火山中岳の灰噴火とその堆積物.火山,40,133-151.
鈴木毅彦(1995)いわゆる火山灰土の形成に関する一考察 〜中部-関東に分布する火山灰土の層厚分布〜 火山,40,167-176.

第四紀,28,1-4,1996