Julian 地学セミナー

1582年以前の火山噴火の日付をいかに記述するか―グレゴリオ暦かユリウス暦か?

早川由紀夫・小山真人

Which calendar shall we adopt to describe dates of volcanic eruptions older than 1582 AD, the Gregorian or the Julian?

Yukio Hayakawa and Masato Koyama

   ユリウス暦の1太陽年は365.25日であるが,これは実際の太陽年(365.2422日)より若干長いため,公転軌道上の地球の位置と実際の日付とのずれが年々累積してくる.1582年にはついに天文学的な春分の日が3月11日になってしまった.これを放置すればキリスト教における重要行事である復活祭をやがて夏に祝うことになるのを憂えたローマ法王グレゴリオ13世は,ユリウス暦を廃し,現行暦であるグレゴリオ暦を定めた.その際,1582年10月4日(木曜日)の翌日を10月15日(金曜日)とし,それまで累積していた季節のずれを補正した.つまり,この処置によって1582年10月5日から14日までの10日間が歴史から消えたのである.

 ただし,この日に改暦が行われたのはイタリア・スペイン・ポルトガルだけだった.フランス・オランダ・ベルギーへはその年のうちに波及したが,新教国まで波及したのはかなりあとになってからだった.イギリスでは1752年になってようやく正式に採用された.ニュートンの誕生日がユリウス暦では1642年12月25日,グレゴリオ暦では1643年1月4日とかいわれるのも,この事情による.  日本では,内田正男による『日本暦日原典』を用いて和暦を西暦に換算することが,歴史学から天文学に渡る広い分野で,おこなわれている.1992年に第四版が刊行された(内田,1992).内田は,1582年以前をユリウス暦で表記し,グレゴリオ暦への換算式を併記している.

 西洋において,1582年以前のユリウス暦の日付をグレゴリオ暦に直して記述するという行為が一般化しているとは思えない.歴史時代に起こった世界の主な噴火のリストをのせている米国スミソニアン博物館の火山カタログ (Simkin and Siebert, 1994) は,報告された日付をそのまま採用し,日付の換算をまったく行っていないという(T. Simkinからの私信,1996年8月26日).

 大規模な噴火によるテフラは海を越え,国境を越えて降下する.また,大規模な噴火は地球規模の気候変動と密接な関係をもつ.さらに,同じプレートの縁辺上の火山が同時期に連動して噴火した例もある.1902年,カリブプレートの東端に位置するセントビンセント島のスフリエール火山が激しく噴火した翌日に,そこから北へ 165 km 離れたモンプレー火山が悪名高き噴火をした.その5ヶ月後には,3300 km 離れた同プレートの西端でサンタマリア火山の大噴火があった (Rose, 1972) .大規模な噴火が人間社会に与えた影響を考察する際にも,噴火の日付が当時使われていた暦と同じであることが望ましい.

 このように,過去に遡ってすべての瞬間を同一の暦で記述することがいまや求められている.和暦で記述された火山噴火の日付を(当面標準とすべき)西暦に換算するときには,西洋社会の歴史の上で実際に使われた暦へ換算するのがよい.つまり,1582年10月以前はグレゴリオ暦ではなく,実際に使われていたユリウス暦に換算するのが望ましい.  以上の理由から,和暦(太陰太陽暦)を西暦(太陽暦)に変換するときの約束として,私たちは以下の提案をおこなう.

 天正十年九月十八日(1582年10月4日)まではユリウス暦で表現し,その翌日の天正十年九月十九日(1582年10月15日)以降は現行のグレゴリオ暦で表現する.

 私たちのこの提案は,日本における1582年以前の主要な地震・噴火を記述するときにこれまで採用されてきた慣行と異なる.

 たとえば,『地震の事典』(宇津,1987総編集)の「日本の主な地震の表」の解説文(470頁)には以下の記述がある:「西暦は,1582年まではユリウス暦,それ以降はグレゴリオ暦が用いられていたが,ここでは,従来の表に合わせて,1582年以前もグレゴリオ暦に換算した年月日を示した.したがって,1582年以前については,当時西洋で実際に用いられていた年月日と最大約10日の差がある.」

 ここでいう「従来の表」が,『増訂大日本地震史料』(武者,1941編, 1943編)と『新収日本地震史料』(地震研究所,1981〜1994編)と『新編日本被害地震総覧』(宇佐美,1987)を含むことは明らかである.『増訂大日本地震史料』に記載された地震と噴火の日付は,その巻頭の例言に「1582年まではユリウス暦,1583年以降はグレゴリオ暦を以て表わされて居る」と書いてあるにもかかわらず,実際にはすべての日付が1582年以前もグレゴリオ暦に換算されている.つまり,この例言は内容を正しく表わしていない.何らかの手違いによって,内容が著者の意図と異なってしまったものと思われる.

 一方,『地震の事典』458頁の「外国の主な地震の表(1500年以前)」の解説文には,「1582年までの日付はユリウス暦である」と書かれていて,この本内部で日本と世界に不統一がみられる.  大森房吉 (1918) による『日本噴火志』の日付も,すべてグレゴリオ暦に換算されている.これは大森房吉が徹底した合理主義者であったからであろう.彼はその後半部分(下巻)で,季節と火山噴火頻度との関係を論じているから,すべてをグレゴリオ暦に換算するという厳密性をもとめたのだと思われる.

 しかし,現代においては,彼の意図が国際的整合性を犠牲にしてまで優先すると私たちは思わない.1582年以前にまでさかのぼってグレゴリオ暦を用いることは避けるべきである.

 なお,歴史時代に起こった世界中の被害地震を精力的に収集した宇津(1995)の『世界の被害地震の表』では,私たちの提案と同じように1582年以前がユリウス暦で表記されている.宇津はこの表を電子化して利用の便をはかっており,日本中の地震研究者がこの表をすでに使い始めている.

 私たちの提案にしたがうと,たとえば表1に示す著名噴火の開始日が数日早くなる.その違いは,9世紀では4日だが,12世紀では7日,15世紀では9日と,しだいに増大している.表2に,グレゴリオ暦からユリウス暦への換算法を示した.2月の日数が両暦で異なる600, 700, 900, 1000, 1100, 1300, 1400, 1500年と,改暦の年である1582年の換算は,正確を期するため,『日本暦日原典』に当たってほしい.


表1.1582年以前をユリウス暦で表記した場合の噴火開始日
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噴火  『日本噴火志』(グレゴリオ暦) 本提案(ユリウス暦)
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霧島御鉢   788年4月18日    4月14日
富士延暦    800年4月15日    4月11日
神津島天上山 838年8月2日     7月29日
新島向山?   886年7月3日     6月29日
浅間B     1108年9月5日    8月29日
桜島文明   1471年11月3日    10月25日
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表2.グレゴリオ暦からユリウス暦への換算法
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西暦          グレゴリオ暦から差し引くべき日数
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 601-  699       3
 701-  799       4
 801-  899       4
 901-  999       5
1001-1099        6
1101-1199        7
1201-1299        7
1301-1399        8
1401-1499        9
1501-1581       10
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引用文献
地震研究所(1981〜1994編)『新収日本地震史料』第1巻〜第5巻(含別巻9巻)・
 補遺(含別巻)・続補遺(含別巻),東京大学地震研究所,16812p.
大森房吉(1918)日本噴火志,震災予防調査会報告,86,236p.
武者金吉(1941編)増訂大日本地震史料,第一巻,文部省震災予防評議会,945 p.
武者金吉(1943編)増訂大日本地震史料,第二巻,文部省震災予防評議会,754 p.
Rose, W. I. (1972) Note on the 1902 eruption of Santa Maria volcano, 
 Guatemala. Bull. Volcanol. 36, 29-45.
Simkin, T. and Siebert, L. (1994) Volcanoes of the world (2nd ed.). 
 Geoscience Press, Tucson, 349p.
内田正男(1992)日本暦日原典(第4版).雄山閣,560p.
宇佐美龍夫(1987)新編日本被害地震総覧.東京大学出版会,434p.
宇津徳治(1995)世界の被害地震の表(改訂4版).東京大学地震研究所.
宇津徳治(1987 総編集)地震の事典.朝倉書店,568p.
地学雑誌,106(1), 1997
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