有珠山2000年噴火対応---4.27までのまとめ

有珠山2000年噴火をこの社会がどう受け止めてどう対応したか,私の主観によって,以下に書き留めます.

2000.3.29.1110,気象庁は,緊急火山情報を出して「今後数日以内に噴火が発生する可能性が高」いと発表した.生命・身体に危険が及ぶと判断されるときだけに出す緊急火山情報を,噴火前に初めて出した気象庁の英断は高く評価される.

これを受けてその日の午後,伊達・虻田・壮瞥の三市町が,災害対策基本法60条に基づいた避難勧告・指示を出した.

噴火の危険が社会に認知されたばかりのこの時点では,学者集団をかかえる火山噴火予知連絡会(予知連)と,それをたばねる行政機関である気象庁が厚い信頼を受けた.この二機関がリーダーシップをとって,地元自治体を導いた.ほとんどの住民は,自治体から出された指示に素直に従った.当時は強い地震の揺れが頻繁に感じられたから,住民の多くはいままで経験したことがないような激しくそして絶え間なく続く揺れを恐れ,おののいていた.その恐怖は,もし市町からの避難指示がなかったとしても,当該地域の住民のほとんどを自主的に避難させるに十分なものだった.

この緊張状態は,地震のつよい揺れがおさまり始めた3.30午後からやや緩和するかにみえたが,なんとか維持されてほとんどの住民が避難している状況の中で,3.31.1308,噴火が始まった.この噴火を受けて,国土庁長官を本部長とする非常災害対策本部が1430に設置された.

噴火という非日常現象の激しさとめざましさは,自治体と住民にきわめて強い印象を与えた.一方予知連は当初,3.31噴火をさほど大きな噴火だとは認識しなかった.それでも「予言は悪いことを言えばいい」の鉄則にしたがって,来るべきより大きな噴火に厳重に警戒するよう気象庁が呼びかけた.噴火を間近で見ておびえた自治体と住民は,それに熱心に耳を傾けた.

4.05.2135,気象庁は臨時火山情報で,予知連有珠山部会の見解「爆発的噴火が発生するとすれば、この2、3日から1、2週間以内に可能性が高い」を伝えた.これは,かなり思い切った予言だった.自治体と住民にとって,これはたいへん強い警告として作用した.予知連と気象庁には,噴火開始を予知できた実績が伴っていたため,自治体も住民もこれを受け入れざるを得なかった.

この時点までは,予知連と気象庁の判断が絶対視され,自治体の要望と判断力はそれより低位に置かれた.住民のそれはさらに低い位置にあった.

この階層構造に変化が生じたのが,4.10である.報道各社がこのとき大きな役割を演じた.「短期的には火砕流の恐れなし」「短期的には安定」「有珠山、地殻変動も停滞」「爆発的噴火やや遠のく」などと新聞,民放,そしてNHKが,警戒を呼びかけていた前夜までの論調を翻して,一様に軌道修正を伝えた.

伊達市の一部地域と壮瞥町の一部地域で,日中7時間の長時間帰宅が初めて実施されたのがこの日である.この長時間帰宅は,もちろん住民と自治体の強い希望があって実現した.この日,自治体の意見と利害が予知連の学術的判断を上回ったと言えよう.「1,2週間」と期間を明言した4.05.2135見解を変更すべき観察事実は,4.09夜の時点では,まだなかったからである.

4.09夜になされたこの意思決定は,現地主導でおこなわれた.現地対策本部となった伊達市役所には国土政務次官・内閣危機管理監・気象庁長官予定者など各省庁の重要ポストがそろい,まるで霞ヶ関が引っ越してきたかのようだったという.4.12.2115統一見解の発表は,中央(東京)がこれを了承する儀式だったとみることができる.あるいは,過去の火山危機対応で慣例化した手順との整合性を確保するための儀式だったといってもよいだろう.この日の意思決定プロセスを具体例として,今回の有珠山噴火危機対応は,過去の火山危機対応と一線を画すと評価すべきである.この国の火山危機対応に,今回大きな変化がみられた.予知連が本会議をはじめて現地で開いたことも前進であった.

ただし,4.12.2115統一見解のなかで,より大きな噴火が起こるときには,事前にその「到来を判断することは可能である」と断言したのは,現代科学の到達レベルと自然の複雑さを正しく判断すれば行き過ぎだった言わざるをえない.この統一見解を受けて自治体が翌4.13,広い地域の避難指示を解除し,約4700人の住民が自宅に戻った.(虻田町で7820人,壮瞥町で261人が,まだ避難している)

4.15午前,岡田教授が記者会見で「警戒感が薄れてきていると非常に心配している」と語って,緩みすぎた緊張の引き締めをはかった.予知連の判断が,自治体の利害を抜き返した瞬間である.もしかするとこれは,地方防災会議の委員である岡田教授の方針と(全国的学者集団を基本とする)予知連の方針あるいは中央防災会議の方針との間に対立が生じた結果だとみるべきかもしれないが,確かなことはいまわからない.この日,森首相が現地を視察した.

4.22,動物愛護団体の二人が避難指示区域の洞爺湖温泉に入って三匹の犬をつれて戻った.この行為を支持する住民の声はさほど盛り上がりをみせなかった.自治体の指示に住民が素直に従っている状態がまだ継続している.住民の意見集約と組織化はまだ進んでいない.

有珠山の噴火はこのまま大きな変化なく,一進一退を繰り返しながら数カ月以上継続する可能性がたかい.自治体と住民の関係が現在のままだと,洞爺湖温泉地区と泉地区の避難解除を早期に実現することはむずかしいだろう.一時たりとも自宅に帰ることが許されないまま数カ月以上が経過するだろう.この膠着状態を抜け出すためには,いまとは異なる新しい考え方を導入する必要がある.そのキーワードは「自己責任」である.考え方の転換をはからないでこのまま時間を無為に過ごせば,自治体にとっても住民にとっても望ましくない結果が生じるにちがいない.

なお今回の有珠山噴火対応においてマスメディアは,4.10の横並び姿勢変更報道を除けば,特筆すべき役割を果たさなかった.


上の文章は,私の主観でまとめたものです.意見・反論・誤りの指摘・情報提供を歓迎します.
早川由紀夫 4.27.1820/4.28.0725
hayakawa@edu.gunma-u.ac.jp