>Date: Thu, 13 Apr 2000 16:38:35 +0900
>To: "Y Ida"
>From: Yukio Hayakawa
>Subject: 統一見解を読んで思ったこと

井田先生,

昨晩発表された統一見解には,いつも以上に注目しました.
読んで思ったことをウェブで公開しました.
http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~hayakawa/news/2000/usu/act/041301.html

ウェブではリンクが張ってありますから,ほんとはそれを見てほしいのですが,以下にテキストをコピーします.理学的な目よりもっと広いところから見たつもりです.

=====================================================
火山噴火予知連絡会が4月12日に出した統一見解を読んで思うこと

統一見解を出す行為への議論から始めます.

個人が互いに異なる見解を持つようなあいまい性が大きい事象
について,たとえどんなグループが見解を統一したとしても,
そうして得られた見解が真実を言い当てている保証はありませ
ん.火山噴火は,きわめて複雑なシステムの中で行われます.
のぞいて見ることのできない地下で起こります.このような特
徴をもつ火山噴火の予知が,見解を統一することによって,ユ
ニークにそして正確に決定できると思うのは,楽観的すぎる見
方です.

今回の統一見解の発表は,住民からの声に抗しきれなくなった
地元自治体の希望を実現するためにとられた,きわめて社会性
が強いものだったと言えます.火山噴火予知連絡会を構成する
委員には,大学の火山研究者だけでなく,国の防災機関の責任
者も名を連ねていますから,予知連が地元自治体のつよい希望
に応えて昨晩統一見解を出したことがおかしなことだとは言え
ません.統一見解は(学界あるいは学会が出す)純粋な学術見
解ではないからです.

しかし,なぜいま統一見解が出されたかをきちんと理解し,そ
して,出された見解の内容を詳しく吟味することは,防災の実
現のために大きな意味があると考えられます.

4月5日の臨時火山情報19号で「爆発的噴火が発生するとすれ
ば、この2、3日から1、2週間以内に可能性が高い」と気象庁が
アナウンスしたことは,多くの火山学者が学術的見地から納得
するところだと思います.それから一週間が経過してもそのよ
うな噴火が起こらなかったわけですから,「(プリニー式軽石
噴火のような)爆発的噴火が発生するとすれば」の条件句が,
今回は,あてはまらない確率が増したと考えることができま
す.(プリニー式軽石噴火のような)爆発的噴火が発生しない
ことがわかったのではなく,そのような噴火が発生する危険は
小さくなったと考えます.この見方から4.12統一見解は書かれ
ています.この見方は,多くの火山学者が学術的見地から納得
するところだと思います.

さて,4.12統一見解の文章は,次の二個所でいちじるしい個性
を発揮しています.

今後、地下水との関係が変化した場合には、北西
山麓でやや大きな爆発が発生し、時には火砕サー
ジを伴う可能性がある。このような活動に推移す
るとすれば、その前には、噴煙等の変化、地殻変
動等の総合的監視解析によりその到来を判断する
ことは可能である。

大規模噴火に移行する前には地震、地殻変動等に
変化が観測されると考えられる。

3.31噴火より悪いことが起きるときには,その前兆をとらえる
ことができるという自信がここにはっきりと表明されていま
す.

ふつう予言は,もしはずれれば責任を問われますから,「予言
は,悪いことを言えばいい」がきまりになっています.悪いこ
とを言っておけば,はずれても許してもらえるからです.かつ
ての火山危機では,この観点から統一見解の文章が構成された
ことがありました.しかし今回は,それとはまったく逆の,上
のような自信にあふれた表現が採用されました.もしかした
ら,公表されていない安心データが予知連内部で閲覧されたの
かもしれませんが,以下では,そのような安心データは存在し
ないものとして,議論を進めます.

3.31噴火より悪いことが起きるときには前兆を伴うという考え
を受け入れる前に,説明がほしいことがらがいくつかありま
す.

3.31噴火以上の規模の噴火は前兆なしには起こらないと判断し
たのは,どんな理由にもとづくのでしょうか? 3.30を中心と
する多数の地震(北海道立地質研究所へのリンク)および,そのあとに
続いた3.30から4.02までの地殻変動(国土地理院へのリンク)を伴っ
て上昇したマグマの圧力は,3.31以降の噴火でおおかた開放さ
れてしまったと考えるべきなのでしょうか? 3.31噴火は,日
スケールでは予知できましたが,時間スケールでの予知はでき
ませんでした.3.31噴火は地震も音もなく始まりました.3.31
噴火とまったく同じように突然,もっと大きな噴火が起こるこ
とはほんとうに考えられないのだろうか? 

これらの疑問に答えを出すためには,3.27から4.02の期間に地
下内部を上昇移動したマグマの量と,3.31以降の噴火で地表に
出たマグマの量の計測が必要です.地表に出たマグマ量の計測
結果は,ウェブでいくつか公表されています(たとえば,地質
調査所).それらをみると,出た量は,地下内部を上昇したマ
グマの量とくらべて,まだ桁違いに小さいのではないかと疑わ
れます.ただし上昇したマグマ量の見積もりの公表を見つける
ことができないので,確かなことは言えません.

ほかには,今回上昇したマグマの性質(化学成分と鉱物組み合
わせ)の情報が必要です.たとえば,地質調査所東宮さんのペ
ージに報告がありますが,今回この分野の報告は日進月歩なの
で,まだよくわかりません.

4.12統一見解にみられた予知連の自信は,あるいは地元自治体
の要望が予知連にここまで言わせるほど強かったとみるべきか
もしれません.それでもなお,日本の火山学界の真価がいま問
われていることは確かです.噴火開始の予知には,みごと成功
しました.しかし噴火の推移予測と終息予測は,それよりずっ
とむずかしい.手ごわい相手です.

最後に,4.12統一見解では言及されなかった危険を指摘してお
きます.

大規模噴火には前兆が伴うとしても,山体崩壊とそれにともな
う岩なだれの発生の前兆は,つかまえにくい.有珠山の一部が
いま毎日1メートルの速さで隆起していると4.12統一見解は言
います.この隆起によって形成される不安定斜面が重力崩壊を
起こすかどうか,起こすならその時刻はいつかを切実に知りた
いところですが,これを正確に予知するのは,たいへんむずか
しい.

早川由紀夫(4.13.1350/1625)