次の噴火への備えと,気の持ち方

3.31噴火の危険を上回る噴火が数カ月以内に有珠山で起こる確率は,30%程度だろうと私は予測しています.

この危険に対していま十分な備えをする必要がありますが,あらかじめ危険の内容を具体的に知ることは不可能です.火山噴火の様式があまりに多岐にわたるからです.また,未来に起こる危険の発生の有無は確率的にしか表現できません.100%かならずこうなる,と断定的に言うことは不可能です.まず,このことをよく理解してください.

あいまい性が大きいこのような危険に対応するには,もっとも確からしい予測にもとづいた備えより,やや安全サイドに寄った備えがしばしば採用されます.しかしその片寄りの程度は無制限に許されるべきでありません.もっとも確からしい予測をはるかに逸脱した過度の備えをしたり,過度の備えをすることを他者に強いるのは,経済的にも生活文化的にも,不適当です.いまの有珠山の危険に対する適切かつ適度な備えをみつけるためには,住民のみなさん自身が,火山一般の危険性と有珠山のいまの状況をよく勉強することがたいせつです.

火山噴火は,地震のように突然おそってきて秒単位で最大の破壊を起こすようなタイプの自然災害ではありません.噴火はマグマが地表にあらわれることによって生じる地学現象ですから,マグマが地下を上昇してくるのにかかる時間だけはすくなくとも猶予として住民に与えられています(地震は,ものが動くのではなく,力が変化するだけですから瞬時に襲ってきます).

ですから,(大きな強い)噴火の前には予兆があると思っていて(ふつうは)大丈夫です.100%保証することはできませんが,数十分から数時間単位の猶予を期待するのが現実的対応だと言えましょう.もちろん予兆を予兆として把握できるだけの知力を(誰かが)獲得していることが前提です.そしてその情報がすみやかに伝達されるものと,ここでは,仮定しています.

以下の条件をすべて満たす場合は,適切な避難行動がとれると思いますから,火山噴火で命を落とす心配はないといってよいでしょう.

  1. 火口から2km以上離れている
  2. 情報をすぐ受け取ることができる
  3. 欲を捨てることができる
  4. 好奇心を捨てることができる
  5. 健康体である

逆に言えば,これらの条件が満たされない場合,具体的には次の条件がひとつでも当てはまる場合は,命を落とす結果になるかもしれません.

  1. 新たな火口が2km以内に開く
  2. 情報をただちに受け取ることができない
  3. ものを取りに自宅に戻る.消火活動に没頭する
  4. 噴火を見に行く.噴火を撮影しに行く
  5. 病床にある.肢体不自由である

1.は住民の力ではどうにもなりませんから,ここではこれ以上考えません.5.が当てはまる方は,あらかじめ(いまから)避難しておくことによって,この危険に対処するのが適当です.3.と4.は住民の自覚の問題です.この自覚がない人は命を落としても仕方がないと私は思います.自己責任です.じっさい3.31噴火のときにはそのような人がたくさんいました.そのような人があのとき命を落とさなかったのは,単に幸運だったにすぎません.次回もうまくいく保証はまったくありません.2.は,住民と地元自治体の工夫によって解決することが可能な課題です.いまこの努力がつよく求められています.

現在の科学技術レベルでは,火山噴火を制御することは不可能です.噴火の危険から身を守るためには,危険地域からすみやかに立ち去ること以外に他の選択肢はありません.

火砕流の危険について,ここですこしお話ししておきましょう.火砕流の動きは速いですから,その発生をみてから逃げても間に合いません.火砕流に追いつかれれば助かりません.しかし,火砕流がどの程度の確率で発生しそうかは,火山の様子を継続的によく観察していれば比較的よく把握することができます.いまこの文章を読んでいる次の瞬間に強い爆発が起こっていきなり大きな火砕流が発生することは,ごくごくまれです.この危険まで心配するのは望ましくないとさえ言えましょう.(火口から2km以上離れた)居住地まで到達する火砕流が発生する前には,なんらかの小爆発があると思っているのが健康的な気の持ち方です.その小爆発のときに,冷静に落ち着いて避難してください.

最後に,避難するときの持ち物についてお話しします.3.31噴火直前の避難のとき,生活用品一式と思い出がつまった大切なものを車に積んで避難した家族がいたようです.これはよかった.よい方策でした.しかし,ほとんど着の身着のままで避難した人もいたようです.そうだった方は,次回は,着替えや薬などの生活必需品,それから位牌や写真などを小さなリュックサックの中に入れ,それを背負って避難してください.そのための準備をいますぐしてください.仕事が忙しくてこの準備をする間がなかったから,ものを取りに一時帰宅したいという要望は,もう認められません.

早川由紀夫 2000.5.10.1050/1455