火山噴火予知連絡会が4月12日に出した統一見解を読んで思うこと

統一見解を出す行為への議論から始めます.

個人が互いに異なる見解を持つようなあいまい性が大きい事象について,たとえどんなグループが見解を統一したとしても,そうして得られた見解が真実を言い当てている保証はありません.火山噴火は,きわめて複雑なシステムの中で行われます.のぞいて見ることのできない地下で起こります.このような特徴をもつ火山噴火の予知が,見解を統一することによって,ユニークにそして正確に決定できると思うのは,楽観的すぎる見方です.

今回の統一見解の発表は,住民からの声に抗しきれなくなった地元自治体の希望を実現するためにとられた,きわめて社会性が強いものだったと言えます.火山噴火予知連絡会を構成する委員には,大学の火山研究者だけでなく,国の防災機関の責任者も名を連ねていますから,予知連が地元自治体のつよい希望に応えて昨晩統一見解を出したことがおかしなことだとは言えません.統一見解は(学界あるいは学会が出す)純粋な学術見解ではないからです.

しかし,なぜいま統一見解が出されたかをきちんと理解し,そして,出された見解の内容を詳しく吟味することは,防災の実現のために大きな意味があると考えられます.

4月5日の臨時火山情報19号で「爆発的噴火が発生するとすれば、この2、3日から1、2週間以内に可能性が高い」と気象庁がアナウンスしたことは,多くの火山学者が学術的見地から納得するところだと思います.それから一週間が経過してもそのような噴火が起こらなかったわけですから,「(プリニー式軽石噴火のような)爆発的噴火が発生するとすれば」の条件句が,今回は,あてはまらない確率が増したと考えることができます.(プリニー式軽石噴火のような)爆発的噴火が発生しないことがわかったのではなく,そのような噴火が発生する危険が小さくなったと考えます.この見方から4.12統一見解は書かれています.そしてこの見方は,多くの火山学者が学術的見地から納得するところだと思います.

さて,4.12統一見解の文章は,次の二個所でいちじるしい個性を発揮しています.

今後、地下水との関係が変化した場合には、北西山麓でやや大きな爆発が発生し、時には火砕サージを伴う可能性がある。このような活動に推移するとすれば、その前には、噴煙等の変化、地殻変動等の総合的監視解析によりその到来を判断することは可能である。

大規模噴火に移行する前には地震、地殻変動等に変化が観測されると考えられる。

3.31噴火より悪いことが起きるときには,その前兆をとらえることができるという自信がここにはっきりと表明されています.

ふつう予言は,もしはずれれば責任を問われますから,「予言は,悪いことを言えばいい」がきまりになっています.悪いことを言っておけば,はずれても許してもらえるからです.かつての火山危機では,この観点から統一見解の文章が構成されたことがありました.しかし今回は,それとはまったく逆の,上のような自信にあふれた表現が採用されました.もしかしたら,公表されていない安心データが予知連内部で閲覧されたのかもしれませんが,以下では,そのような安心データは存在しないものとして,議論を進めます.

3.31噴火より悪いことが起きるときには前兆を伴うという考えを受け入れる前に,説明がほしいことがらがいくつかあります.

3.31噴火以上の規模の噴火は前兆なしには起こらないと判断したのは,どんな理由にもとづくのでしょうか? 3.30を中心とした多数の地震(北海道立地質研究所へのリンク)および,そのあとに続いた3.30から4.02までの地殻変動(国土地理院へのリンク)を伴って上昇したマグマの圧力は,3.31以降の噴火でおおかた開放されてしまったと考えるべきなのでしょうか? 3.31噴火は,日スケールでは予知できましたが,時間スケールでの予知はできませんでした.3.31噴火は地震も音もなく始まりました.3.31噴火とまったく同じように突然,もっと大きな噴火が起こることはほんとうに考えられないのだろうか.

これらの疑問に答えを出すためには,3.27から4.02の期間に地下内部を上昇移動したマグマの量と,3.31以降の噴火で地表に出たマグマの量の計測が必要です.地表に出たマグマ量の計測結果は,ウェブでいくつか公表されています(たとえば,地質調査所).それらをみると,出た量は,地下内部を上昇したマグマの量とくらべて,まだ桁違いに小さいのではないかと疑われます.ただし上昇したマグマ量の見積もりの公表を見つけることができないので,確かなことは言えません.

ほかには,今回上昇したマグマの性質(化学成分と鉱物組み合わせ)の情報が必要です.たとえば,地質調査所の東宮さんの報告がありますが,今回この分野の報告は日進月歩なので,まだよくわかりません.

4.12統一見解にみられた予知連の自信は,あるいは地元自治体の要望が予知連にここまで言わせるほど強かったとみるべきかもしれません.それでもなお,日本の火山学界の真価がいま問われていることは確かです.噴火開始の予知には,みごと成功しました.しかし噴火の推移予測と終息予測は,それよりずっとむずかしい.手ごわい相手です.

最後に,4.12統一見解では言及されなかった危険を指摘しておきます.

大規模噴火には前兆が伴うとしても,山体崩壊とそれにともなう岩なだれの発生の前兆は,つかまえにくい.有珠山の一部がいま毎日1メートルの速さで隆起していると4.12統一見解は言います.この隆起によって形成される不安定斜面が重力崩壊を起こすかどうか,起こすならその時刻はいつかはたいへん重要な防災情報ですが,それを正確に予知するのは,たいへんむずかしい.

早川由紀夫(4.13.1350/1625)


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