2000.8.26.1710更新

シナリオ

早川由紀夫(群馬大学教育学部助教授・火山学)

かならずお読みください 以下に書いてあることは,三宅島で2000年8月31日までに起こりそうなことです.起こるかもしれないことです. 発生確率を数字でいうのはむずかしいですが,あえて示しました.リスクマネジメントに携わる方,受け取ってください.

この危険から確実に身を守るには,次の爆発が起こる前に島を脱出する以外に方法はありません.爆発が起こってから避難を始めても間に合わない可能性があります.むしろ避難行動によって命を落とす心配があります.

ですから,小康状態のいまのうちに,みずからの意志で粛々と島から脱出するのが望ましい.脱出したのに何も起こらなかったらごめんなさい.起こらないかもしれません.未来は,原理的に,予測不可能なのですから.(8.23.1040/8.24.1650)


これまでの経緯概略といま 7月8日夕刻,山頂火口の陥没が起こりました.陥没はその瞬間で終わったのではなく,それからずっと毎日ゆっくりとしかし着実に(はじめの二週間はだれにも気づかれることなく)進行しました.その量は膨大で,毎日毎日2000万トンの岩石が地下に隠れました.現在(8月23日)までに,11億トンの岩石が地下に隠れました.

この間,7月14-15日,8月10日,18日に,比較的大量の火山灰を放出する爆発が起こりました.しかしそれによって火口の外に放出された物質は,それぞれ300万トン,30万トン,800万トンでした.現在までの総放出量は1100万トンですから,陥没量の1%にすぎません.噴火によって陥没しているのではなく,陥没のついでにおまけとして噴火しているのです.

山頂火口の陥没は,8月20日にも起こったことが,ヘリコプターから撮影された火口底映像で確認されています.しかし7月8日に初めて発生してからずっと続いてきた傾斜計ステップ・GPS・震源集中・長周期地震の四者は18日の噴火を最後に,現時点まで起こっていません.

気象庁は21日発表の見解で,18日の噴火が最後ではなく,それと同じあるいはそれを上回る噴火が近々起こる可能性があると述べています.(8.24.1005)


落下する小石の危険 80% 18日と同じような,真っ黒でもくもくの噴煙が山頂から上がります.

三池〜阿古の住民は,18日に空から降った石のことを知っているから,急いで家の中にはいるでしょう.それ以外の地域の住民は,石の経験をまだもっていないから,のんきに野外に留まるかもしれません.あるいは,しっかりとした覆いの下にはいろうにも,近くにそれを見つけることができない人がいるかもしれません.これは,もくもく噴煙が上がる時間帯と天候によります.覆いの下にはいれなかった人のうち,何人かが石を頭蓋骨に受けて,骨折するでしょう.なぜなら,いまでも島民のほとんどがヘルメットを持っていないのですから.

火山灰の重み 20% 家に逃げ込んだ人は,不安を感じながら時間を過ごすでしょう.18日の噴火は1時間半で終わりましたが,それより長く続くことが十分考えられます.半日あるいは一日以上続くかもしれません.長く続いた場合,家の屋根に積もる火山灰の厚さは,1メートルを超えるでしょう.今回の異常と似ていたとみられる3000年前の噴火では,三宅支庁に125cm積もりました.駐車場の壁で,いまでもみることができます.

積もった厚さが50cmを超えれば,木造家屋なら倒壊します.支庁の建物はコンクリート造りだろうが,何センチの厚さまで耐えられるように設計されているのだろうか.

(8.23.1015/1440/8.24.1020)


大岩飛来の危険 60% 空から雨のように降る石のほかに,放物線をえがいて落下する大きな岩の危険があります.18日の噴火では,火口から3.5km離れた伊ヶ谷の都道まで直径40cmの大岩が落下しました.都道のアスファルトにめり込んでいたそうです.村営牧場の屋根は,直径1メートルほどの巨岩で何ケ所も打ち抜かれました.

このような大岩にうち砕かれる危険は,火口からの距離にもっぱら依存します.火口から遠ければより安心.近ければたいへん危険です.ただし三宅島は半径4kmの小さな島ですから,山頂火口で強い爆発が起これば,島のどこにいても,大岩にうち砕かれる危険があります.爆発の強さは予測できませんが,18日には,火口から3.5km離れた地点まで達したという動かしがたい事実があります.

伊ヶ谷より坪田のほうが火口に近いのに,なぜ坪田に大岩が落下しなかったのかと疑問に思う方がいらっしゃるかもしれません.たしかに坪田は火口から3.0kmしか離れていません.

これは,いま山頂に開いている火口の形態と,爆発が起こる位置によって説明が付きます.山頂火口は広い火口底と,そのまわりをとりまく急な崖からなっています.7月8日以降,爆発が起こる位置は,山頂火口内の南東端でした.つまり坪田側です.爆発によって坪田に向かって投げ出された大岩はすべて,急な火口壁でブロックされます.坪田に到達しません.

反対に,伊ヶ谷に向かって投げ出された大岩は,障壁に出会うことなく飛行を続けて遠くまで落下します.太平洋にも落ちるでしょう.

今後も爆発が南東端で起こり続ける限り,伊ヶ谷には岩が飛んでくる危険がきわめて大きいと言えます.伊豆と神着の危険も無視できません.一方,坪田と三池にこの危険は,いまの火口地形が続く限り,ほとんどありません.(8.23.1120/1440)


火砕流の危険 10% 三宅島の噴火で火砕流が初めてみられたのは,8月10日の噴火です.そのときは,火口から1.0km走りました.18日の噴火ではもっと遠くまで走ったようですが,集落までは達していません.

二回の火砕流とも,どうやら温くてゆっくりとしたスピードだったようです.ですからこの現象を低温サージだと言う人もいます.地表との間にいくぶんの空間を保ったまま横方向に進んだようにもみえます.この火砕流による地表での被害はまだ確認されていませんが,村営牧場内に焼け落ちた家屋があるという情報があります.火砕流による被害だった可能性があります.

18日の噴煙が上がった高さは15km(あるいはもうすこし高い〜20km)です.この高さの噴煙は,ごくふつうに火砕流を発生させます.玄武岩マグマである三宅島が例外ではありません.過去二回の火砕流は温くてゆっくりだったが,次回もそうであるかどうかは保証の限りでありません.火砕流はふつう高温で,生物体を瞬間的に炭化させる力を持ちます.

爆発口を取り囲んでいる5億立方メートルの巨大空間は,火砕流を発生させるにたいへん好都合の条件を提供しています.いまの山頂陥没火口の縁は,スオウ穴の切れ込みをもつ北側がわずかに低いです.火砕流はまずそこから溢れ出して神着に向かうでしょう.火口縁の高低はさほどではありませんから,爆発の進行とともにまもなく全方向に下るでしょう.(8.23.1505/8.24.1020)


山腹割れ目噴火 5% 三宅島海岸部のどこでも危険がある.激しい爆発音を伴って,噴火割れ目から3kmまで大岩が飛ぶ.


制限された脱出行動と異常心理発生 80% いわゆるパニック.石と灰が激しく降る中を大勢が逃げまどうことによる人的危険.


カルデラ陥没 20% 直径8kmの島の中央に,直径4kmで深さ1km程度の大きな穴が生じる.村営牧場がすっぽりと陥没する.こうしてできる凹の地形を,火山学ではカルデラという.カルデラは,三宅島のような玄武岩火山島にごくふつうにみられる.ただし,その後の噴火でカルデラ床が埋め立てられて,カルデラ地形がわかりにくくなっていることが多い.三宅島の中腹に村営牧場の平坦地があるのは,ほとんど埋められた桑木平カルデラがあるからである.カルデラ形成は,玄武岩火山島にとって,一生のうち一回あるいは数回経験しなければならない宿命だと言ってよい.

カルデラ形成時には,多数の大岩が空中高く投げ出される.三宅島の場合は,太平洋にまでたくさん落ちるだろう.これがはじまると,下に書いた山体崩壊にまで進む危険が生まれる.カルデラ陥没がどのように始まってどのように進行するかは,20世紀科学にとって未経験の領域である.したがって下の最悪シナリオに進むまでにどれくらいの時間的猶予があるのかは,わからない.しかし何時間もかかるようには思われない.10分以内ですべてが決着するのではないかと私は思う.

過去に起きた事例としては,伊豆大島6世紀とハワイ・キラウエア1790年が参考になろう.どちらも,残された堆積物とつくられたカルデラ地形がよく調べられているが,目撃証言がないから,噴火シナリオの復原精度がわるい.とくに時間目盛りを読みとることがむずかしい.(8.24.1810)


山体崩壊と津波 5% 急峻な雄山山体の一角(おそらく南から北東部)が崩れ,大量の土砂が海岸集落を飲み込んだまま,ただちに太平洋に入る.そして三宅島近隣の海岸を津波が襲う.過去の事例としては,渡島大島の噴火と(海底を含む)崩壊が参考になる.1741年8月18日,北海道と津軽の海岸で3000人が犠牲になった.(8.24.1900)

津波が到達するまでの時間は伊豆諸島で10分前後.伊豆半島・三浦半島・房総半島では20分足らず.波の高さは10メートルを超える.第一波より第二波のほうが高いだろう.津波は二時間以上にわたって,何度も押し寄せる.(8.26.1710


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