至仏山の標高2150mで浅間嬬恋軽石をみつけました 1998.8.24 

蛇紋岩からなる至仏山(2228m).プレート運動によって約2億年前に日本列島に付加した岩体からなる.蛇紋岩はもともと上部マントルにあった岩石だ.蛇紋岩は地球の地下深部の情報を私たちにもたらしてくれる.

至仏山から見た燧ヶ岳と尾瀬ヶ原.この位置から見ると,燧ヶ岳がヨッピ川をせき止めて尾瀬ヶ原の平坦面をつくったことがよくわかる.燧ヶ岳は誕生したのが35万年前だが,16世紀にも噴火して山頂の窪地に御池岳溶岩ドームをつくった.

 至仏山と山ノ鼻を結ぶ登山道は,登山者の踏みつけによって植生が失われたことを理由に1989年から閉鎖されていた.手前に見える木製の階段は,1997年の再開に当たってなされた手当の一部.

小至仏山(2162m)のすぐ南の標高2150mにある木製階段設置工事の側面で嬬恋軽石(YPk)をみつけた.YPkは,1万5900年前に浅間山から噴火して北東に広がった軽石だ.

ここでのYPkは,泥まじりの角礫層を覆う厚さ10cmの火山砂層だ.最大粒径は3mmで,黄色軽石粒のほかに斜長石と輝石が目立つ.

上越の山のYPkはこれまで,白毛門(1720m)と巻機山(1560m)でも紹介しましたが,至仏山の2150mはレコードです.


オヤマ沢田代の南端の泥炭中に6世紀に榛名山からあいついで噴火した渋川火山灰(FA;層厚1cm)と伊香保軽石(FP;層厚1cm)が1cmの泥炭を挟んで見られます.FPの上には15cmの泥炭が堆積しています.写真は1999年7月1日