ラハールの堆積物
Lahar Deposits
 
 ワシントン州東部には,中新世に噴出したコロンビア川玄武岩が広がっている.その表面には巨大なひっかき傷がいたるところで見られ,Channeled scablandとよばれている.
 コロンビア川玄武岩の表面につくられた巨大なひっかき傷.
奥の馬蹄形の地形はDry Falls.
 J. Harlen Bretzは,1923年に始まる彼の一連の論文の中で,このChanneled scablandは大洪水によって一時に削られてできたと考えた.彼はこのカタストロフィックな大洪水をSpokane floodとよんだ.彼の野外観察は現在にも通用するたいへん鋭いものだったが,当時この地域は遠隔地だったため,人々が彼の学説に注目し,それが学界の認めるところになるまでには時間がかかった.1940年代までは,Spokane flood以外でChanneled scablandを説明しようとする学説がいくつかあらわれたが,それらはどれもBretzのSpokane floodより説得力に欠けた.

 BretzはSpokane floodの原因について晩年になるまで明確な言及をしなかった.氷期のモンタナ州に形成された氷河湖Lake Missoula(最大容量2500km3)の突発的決壊がこの大洪水の原因であることを示したのはPardee(1940, 1942)である.氷河湖とは,氷河がダムの役割をしてつくる湖をいう.氷は水より軽い.氷河湖の水位が臨界値を超えると氷河ダムは浮力によって浮き上がり,その下から湖水が一気に放出されて下流に大洪水が発生する.これは,火山の熱によって氷が融けたわけではないが,洪水の発生メカニズムはヨークルフロイプと同じである.
 巨大なリップルマーク
大洪水は1回だけではなく6回起こったとBretzは考えたが,1970年代の学界の趨勢は,ただ1回の巨大洪水とその余波がChanneled scablandで見られる浸食地形や堆積物のさまざまな特徴をつくったとする考えだった.

Walla Wallaの西にあるBurlingame canyonには,素晴らしい洪水堆積物断面が露出する.この断面は,1926年の秋の嵐のときに小麦畑を助けるためにここから強制的排水をして生じたものである.高さ40mのこの崖はわずか6日間でできたという.そこには,39回の級化層理の繰り返し(リズマイト)が認められる.
 Missoula floodsの堆積物断面.
 1977年,R. Waittはこの断面をみつけて詳しく観察し,ひとつの重要な発見をした. リズマイトの上から11枚目と12枚目の境界に,セントヘレンズ山から1万5000年前に噴出したテフラset-Sを見いだしたのである.Set-Sは,近接した二枚のテフラからなり,非噴火時に堆積したレス(Palouse loess)の中に挟まれている.この発見を契機に,彼は,1 回または2回の大洪水しか想定していなかったそれまでの自分の考えを捨て,この断面にみられるリズマイトのひとつ一つが一回の大洪水に対応する堆積物であると考えを改めた.

 リズマイトは,大局的には,上方へ向かって薄くなり細粒になる.回を経るごとに洪水はしだいに小規模になっていったらしい.Waittは,Burlingame canyonで39枚のリズマイトを数えたが,B. Atwaterが別の場所で89枚数えたことを考慮すると,洪水の全発生回数は約100回とみなすのが妥当なようである.
 級化単層の接写.ねじり鎌の刃の層位が単層の基底.写真ではわかりにくいが,下位の単層との間には厚さ3 cmのレスが挟まれている.液状化によって生じたダイクに切断されている.
(Burlingame canyon, Walla Walla)
 洪水の間隔は,堆積物の間に挟まれる年層(varve)を数えることによって知ることができる.初期の間隔は50年程度だったが,それはしだいに短くなって最終的には10年以下になった.したがって,Missoula floodsが繰り返し起こっていたのは,最新氷期のおわりに近い1万5000年前の前後2000-3000年間だったといえる.

 初期のMissoula floodsのピーク流量は,2000万m3/sだったが,末期ではその1/100の20万m3/sに弱まったという.なお,アイスランドで1996年11月5日に起こったjokulhlaupのピーク流量は4万5000m3/sだった.

 リズマイトの断面は,Walla WallaからYakimaにかけてたくさんみつかるが,そのうちのかなりの場所で,地震による液状化で生じたダイクを見ることができる.リズマイト全層を貫くダイクだけでなく,途中までしか貫いていないダイクもあるので,液状化を起こした地震とMissoula floodsはほぼ同時代に発生したものと思われる.氷床の後退による加重除去で地震の集中を説明できるかもしれない.
 左の写真の縞模様は,ヨークルフロイプによって堆積した粗粒シルト(明色)と平常時に堆積した細粒シルト(暗色)の互層でつくられている.後者に近づいて観察すると,明色シルトと暗色シルトが交互に重なった年層がみられる(右の写真).明色が夏に堆積した地層である.明/暗境界は明瞭だが,暗/明境界は不明瞭.
(Montana)