研究計画・方法

この研究計画のうち,文献史料の取り扱いに関する私たちの具体的戦略は以下の通りである.

史料原典にあたることの利点
1)既存の史料集編者による見落としが依然として史料原典中に残っているから,これまで知られていなかった地震・噴火関連記述を多数発見できるはずである.
2)既知の史料記述を,日本史学者の目と,新しい火山灰堆積学の目で見れば,従来とまったく別様に解釈することなる事例が多くあるはずである.
3)理学者が苦手とする筆文字を読まなければならない状況は,現状では少ない.すでに多くの史料原典が翻刻され活字本として刊行されているから,この点での心配はほとんど必要ない.

史料の素性を調べるときに留意すること
1)その史料がその地震・噴火事件にかんするオリジナルの記述(原史料)かどうか.あるいはずっと後世になってから別の史料から書き写されたり,原史料群から編纂されたりしたもの(二次史料)かどうか.
2)その史料はいつ書かれたものか.事件があった年からどのくらいの年月を経て書かれたものか.
3)その史料は,どのような立場の人間によって書かれたものか.その事件を直接体験した者の記述か,体験者からの直接の伝聞か,たんなる噂か,あるいはたんに別の史料を読んで得た知識か.
4)その史料の中の記述(噴火記述以外の部分もふくむ)は,その史料と独立に書かれた信頼すべき別史料の記述と矛盾しないか.史料内の記述に内部矛盾はないか.
5)その史料の中の記述(噴火記述以外の部分もふくむ)は,他の独立な証拠(地形・地質学的あるいは考古学的証拠など)と矛盾しないか.

平成12年度の研究計画

火山学者3人は地域で分担し,日本史学者3人は時代で分担する.したがって,3×3=9の組み合わせができる.たとえば9世紀の鳥海山噴火は,林と森田が共同して研究を進める.林は,野外の噴火堆積物から得た情報をふまえて文献史料を読み,この研究専用に用意するメーリングリストで森田に意見を聞く.森田がそれに答える.このやりとりを聞いて,他の四人の誰かが発言することもある.このメーリングリストには,研究分担者にはなれないがこの研究に深い関心を寄せている方数人にも加入してもらう.

【地域分担】
林 信太郎は,北海道・東北の火山を担当する.平成12年度は,とくに北海道駒ヶ岳(とくに1640年噴火)・鳥海山(とくに9世紀の噴火)を研究する.
早川由紀夫は,北関東・中部・九州の火山を担当する.平成12年度は,とくに浅間山(とくに1108年と1783年噴火)・榛名山(とくに6世紀の噴火)を研究する.
小山真人は,南関東・伊豆諸島の火山を担当する.平成12年度は,とくに富士山(とくに1707年噴火)・伊豆大島(とくに1421年と1777年噴火)を研究する.

【時代分担】
森田 悌は,古代を担当する.たとえば六国史・扶桑略記・興福寺年代記・中右記を読む.
笹本正治は,中世と近世を担当する.たとえば吾妻鏡・鎌倉大日記・野史・日光山志・武江年表を読む.
藤田明良は,中世と東アジア関連を担当する.たとえば高麗史・朝鮮史・津軽藩御国日記・松前年々記を読む.

平成12年度はまず,史料火山学の遂行に必要な図書を購入することを始める.購入した図書は静岡大学に保管する.必要な図書の多くは新刊本でなく,絶版版元品切れの古書であるから,丹念な古本屋回りおよび古書情報検索が必要となる.幸運に恵まれて重要な図書が手に入ったときは,噴火とその災害にかかわる記述をテキスト入力し,メーリングリストに電子メールで送信することによってデータを共有する.

上記のように,この研究計画での火山学者と日本史学者の対話はおもにインターネット上のメーリングリストで行うが,年に一回,群馬大学に共同研究者全員が集まって研究会を開催する.

平成13年度以降は,次の火山を研究対象にする.

北海道の火山:駒ヶ岳・十勝岳・有珠山・樽前山
東北の火山:岩木山・十和田湖・磐梯山・秋田焼山・吾妻山・秋田駒ヶ岳・蔵王山・安達太良山
関東の火山:那須岳・日光白根山・榛名山
中部の火山:新潟焼山・焼岳・白山
伊豆の火山:三宅島・新島・神津島・八丈島・青ヶ島
九州の火山:阿蘇山・桜島・雲仙岳・開聞岳・霧島山・九重山・諏訪之瀬島

研究(1)で組織する理由
日本全国の火山を対象とする研究計画であるから,各地域の火山に詳しい複数の専門家でチームを組む必要がある.この研究は,単独では実施不可能なものである.このため,研究代表者を含めて三つの研究機関から三人の火山学者を配した.
 研究代表者が所属する研究機関には日本史学者(森田)がひとりしかいない.森田の専門は古代史である.中世史と近世史の専門家も必要であるから,他機関の研究者二人に研究分担者になってもらった.