12.26 ハワイ火山観測所訪問(東宮英文)

 HVO(Hwaiian VoIcano Observatory)は我々の最初のキャンプ地であるPunaluu から自動車で40分ほどの場所にある。12月26日は午後の遅い時刻から夜にかけてOcean entry を見にいく計画があったので、テントをキラウエアカルデラ近くのNamakani Paio Campground に移動しておく必要があった。朝8時ころ、私(東宮)は、ハムとレタスとマスタードのサンドイッチと、缶詰のスープという簡単な食事をとったあと、女性2人がいるNaalehuの町へと一人車を走らせた。昨日Becky's B&Bを少々の時間をかけて捜し女性2人を何とか無事に届けたあと、Punaluuへ戻る15分ほどの異国のたった一人でのドライブは、正直言って大変不安だったが、この日はさすがに2度目の道.高い崖(Paliと呼んで良いのだろう)から見下ろす海のきれいな色を多少は楽しみながら運転する余裕が出てきた。

 Becky's B&Bに着いた時には、女性2人はすでに朝食を終えていた.彼女たちの部屋に入り、昨晩Punaluuでの夕食後に男性陣が話し合ったことを伝えた。内容は、今日はOcean entryを見に行きたいので帰りは夜半近くになること、そのためキャンプ地をより早く到着できるNamakani Paioに移すこと、できればBecky's B&Bを解約してキャンプに合流するかNamakani Paio 近くにホテルを予約してほしいこと、の3点であった。

 小島さんと田村さんは最初の2点については特に異論が無かったが、B&Bではだいぶ良くしてもらったようで、解約するのは気が進まないようだった。結局、部屋に荷物をそのまま置かしてもらって、この日の夜だけ彼女たち2人はNamakani Paioのテントにもぐりこむことになった。

 キャンプ地には9時ころついた。背が高く良い匂いのする木の多いキャンプ場だったが、私は鼻が悪いのか匂いはあまり強くは感じなかった。各自がテントを設営する。今晩は中村庄八さんが女性陣にテントを貸し、中村正芳さん(と私)のテントで寝ることになった。9時30分近くになり、早川先生がそわそわしはじめた。HVOは一般には公開されておらず、あらかじめ早川さんが所長のDr.Don Swansonにメールで9時30分に訪問の約束をしてあったのだ。テントの準備を早めにすませ、4台のレンタカーはHVOに向かった。

 HVOはキラウエアカルデラの西縁のウェカフナにある。1912年に、T.A.Jaggarにより設立され、現在はU.S.G.S.の所管である。玄関に入り、早川先生が声をかけるとすぐに、所長のDon Swanson(とすぐ後でわかった)さんが出てきてくれた。披は、私の学生時代には論文などで名前をよく眼にしていた人だが、実際に会うのは当然初めてであった。身長は我々とさほど変わらなかったが、体格がよく、ヒゲをはやしたカジュアルな服装の陽気なアメリカ野郎であった。年齢はまだ40代前半くらいに見えたが、本当はどのくらいなんだろう。

 我々はまず、所内の展望台に連れていかれた。「ここは、キラウエアで最も高い場所である..」と、もちろん英語で解説が始まった。ゆっくりていねいに話をしてもらっているのは分かるのだが、悲しいかな、もともと無かった英語力が就職後10数年もたってさらに低下しているので、自信を持って聞き取ることが出来ない。それでも時々専門用語が出てくれば、その瞬間だけ分かったような気になるが、前後があやふやである。

 していただいた話の内容は、キラウエアでもpyroclastic flow やsurge が発生して人が死んでいること、300mもの探さがあった1823年から現在までのハレマウマウ火口の火口底の変化を中心とした活動の歴史,例えば火口の中ほどの線は,1967-8年のLava lakeの跡を示すこと、1983年から続くプウオオの噴火や、展望台からはキラウエアカルデラの反対側にみえるマウナロアの1984年の噴火についてなどであった(だろう)。また、HVOでは、ハワイ全島に65個の地震計と数個のGPSのステーションを持ち、常に地震や地殻変動の状態を観測しているとのことであった。

 早川先生が、今日の夕方Ocean entryを見に行きたいと言うと、Donは夜が素晴らしいから是非懐中電灯(flash light)を持っていくように、ただしあまり海に近づくと溶岩が崩れ落ちる場合があり先日も1人死んでいるので注意するように言った(と思われる).

 1階に降り、観測機器や図表類の説明もしていただいた。傾斜計は何やら不気味な変化を示していたが、観光客が近くを通ったためであろうとのことであった。地震計やビデオカメラの監視画像などのデータは、リアルタイムで表示されていた。海底地形の測量図もあったが、キラウエアがあるハワイ島の南東部は非常に海底地形がなめらかであった。溶岩や火砕物によって地形がなだらかになっているとのことであった。

 そのあとは15分ほど自由に所内を見学する時間が与えられ、私は1983年からの噴火の資料の図表を写真に何枚も収めた。何人かの人は、熱心にDonに質問していた。歴史を感じさせる多くの資料や所内の部屋の数は、さすがに世界第1級の火山観測所といわれるHVOである。(ただし、所員の数はあまり見なかった。部屋にこもっていた?観測や調査に出ていた?クリスマス休暇?)

 もっとじっくり見学したい人も多かったようだが、何せ公務の時間をさいてもらっているのだ。最後に早川先生を先頭に全員でDonにお礼を言い、星君は彼と握手までして、HVOを後にした。1時間弱の時間であったが、普通ではなかなか入れないHVOの中に入り見学できたこと、Dr.Don Swansonの話を間近に聞けたことでも、大変幸運な得難い経験であった。