12.26 赤い溶岩を見に行く(武井 伸光)

 いよいよ,今回の巡検の最大の目玉,海に流れ込む溶岩の観察です。 Chain of Craters Road の終点に車を停めます。駐車場はなく,路肩にずらーっと30台くらいが並んでいます。

 昼食の時から降っている雨は,強さを増し,夏の夕立を思わせるくらいになっています。しかたがないので,30分ほど車中待機の時間でした。 雨が上がりまして,歩き出します。眼前にはパホイホイが広がります。懐中電灯を忘れないようにザックに入れ,てくてく歩き出します。目指すは東方かなたの水蒸気柱です。

 現在, キラウェアの活動は East rift zone のプウ オオ火口が活発です。そこから,マグマが溶岩トンネル内を通過して海に流入します。我々が向かっているのは西側流入口のカモクナ (Kamokuna) です。東側の流入口はワハウラ (Waha`ula) です。 さきほどまで降っていた雨のせいか,空には虹が出ています。

 歩いてゆくところは,1983年からの活動で作られたパホイホイの上です。パホイホイの上は平滑でとても歩きやすいのですが,ところどころに最大開口幅 50cm 程度の割れ目があるので,落ちないように気をつけなければいけません。蒸気が吹いている割れ目もあります。手をかざしてみると,「あつッ!」と感じるほど高温のものもあるので注意が必要です。

 途中, テュムラス(Tumulus;粘性の低い溶岩流の表面に生じる丘状の高まり)がありました。マウナロア・マウナケア両峰登頂をめざす成夫くんは,少しでも高いところがあると登りたくなるようで,比高 5m ほどのこのテュムラスにも果敢にアタック。見事,単独登頂に成功し,頂上でガッツポーズを決めます。何が嬉しいんだか他人には分からないのですが。

 30分ほど歩いたら,溶岩流に覆われずに残った旧 Highway130 のアスファルトの路面が見れました。地図で位置を確認し,また歩き出します。

 また激しい雨が降ってきました。急いで雨具を取り出し,先を急ぎます。水蒸気柱は歩き始めた時よりも大きく,ダイナミックに見えてきました。 だんだん,白い水蒸気柱が近くなってきます。足下のパホイホイには,さきほど Alanui Kahiko で見たペレーの毛がどっさり生えています。 しかも長さは 30cm 超のものもあります。持ってかえろうと思いましたが,原形のまま日本には持って帰れないのが明らかなので,しょうがなくあきらめます。

 2時間ほど歩いて,水蒸気柱の根元に着きました。疲れは感じられません。目の前の光景に感動の嵐です。

 溶岩!

 50m ほど向こうの崖の下から,スパターが飛び散っています。明るいうちでも,それらが赤熱しているのが分かります。スパターを飛散させる爆発が起こるたびに,水蒸気柱が太くなります。溶岩はいつでも海に流れ込んでいるのではなく,断続的に流入しているのでしょう。足元の溶岩流の表面に触れてみると暖かく(30℃程度),すぐそこに溶岩トンネルがあって,800 ℃以上の溶岩流が流れているのだ,と想像できます。

 重い思いをしてかついで来た一眼レフ+望遠ズーム(70ー210mm)を取り出します。連続シャッターモードがあるのでそれに切り替えて撮影開始。スパターが散ったらシャッターを押しっぱなしで4〜5枚を撮ります。歩留まりが悪いネガになろうが,チャンスは無駄にしたくないですから。……そんなことをやっていればすぐさまフィルムは終わります。フィルム交換してじーじー巻いている時間が惜しいと本気で思いました。

 またたく間に36枚撮りを2本終わったところで,少し正気が戻ってきます。 見回すと,みんなは腰を下ろして夕飯を食べています。私も座って,荷物の中から夕飯とバドワイザーを取り出します。まずは火山の女神,ペレに乾杯。その一口の実に美味かったこと。体のすみずみにまで染みわたってゆくようでした。

 座っている溶岩流表面は暖かく,ちょうど床暖房のようです。夕食を食べながら,ぼんやり水蒸気柱を眺めます。

 ホントならば崖っぷちまで行って,溶岩が海に流れ込んでいるところをじかに見たいのですが,崩れる可能性が大なので行くなとの注意が早川先生からありました。確かに,座っているあたりにも崖と平行に割れ目が入り,いつ落ちるか分からない状況です。崖の高さは 30m位,崩落に巻き込まれたら即死でしょう。

 ここで Ocean entry(海への流入口) を見ているのは我々のほかにもあと2グループいました。ハワイ大学の一行と,命知らずのフランス(?)人たちです。 ハワイ大学の人たちは崖より 50m ほど内陸側+流入口からは 100m 程離れたところに陣取って見ていたのですが,フランス人たちは,こともあろうに流入口に近いところ(30m 位?)で見ていました。いくら全員がヘルメットをかぶっているとはいえ,あまりにも危険すぎます。

 とは言いつつも,私は違った視点からの写真が欲しかったので,Ocean entryを東から見る現在の地点から,北側から見れる地点に移動しました。数分おきに爆発が起こってスパターを辺りの海面に飛ばします。比較的大きな爆発により崖のこちら側に飛ばされて地表に落ちたものは,数分のうちに黒くなってゆきます。

 しばらくそこにいて写真を撮ったあと,みんなのいる東側に戻ります。 海面を見ると,スコリアが浮かんでいます。盛んに水蒸気を上げているのは高温である証拠です。2,3分するうちに沈んでしまいます。

 暮れてゆくにつれて,スパターの赤と,水蒸気柱(爆発に照らされて赤く見える)が目立ってきます。

 荷物からヘッドランプを取り出してポケットに入れます。明かりといえば水蒸気柱に映る火映だけなので,クラックにはまったら大変ですから。 ハワイ大学のグループは気付かぬうちに帰っていきました。フランス人はまだ崖の手前にいます。

 命知らずですが,かなりうらやましい。うらやましいなぁ。う〜〜む。よし,あそこまで行こう。意を決して,「自己責任で(崖の)近くまで行くのはかまわないですよね」(武井)「行ってくれば」(早川先生)とのやり取りの末,今いるところより流入口まで 30m 程近づきます。 フランス人たちが三脚を据えて写真を撮っていた場所にあと 10m ほどのところです。 腹這いになって姿勢を安定させます。レンズは 210mmで, 18:30位の暗い空をバックに,赤く映える水蒸気柱の手前に飛散する赤熱するスパターを狙います。日が落ちて辺りが暗くなったせいか,絞り開放(f5.6)でも 1/2sec.でしかシャッターが切れません。シャッター速度優先にして,1/30sec.でむりやりレリーズしてゆきます。

 出来上がった写真を見ると,スパターの飛跡が明るいオレンジ色の線となって写っています。ラボから帰ってきたネガには“露光不足です”のメモも添付されていましたけれども。

 フィルム1本を撮って,みんなのところに戻ります。

 早川先生たちが,双眼鏡を北に,プウ オオのある方向に向けています。 そちらを向いてみると,北側の斜面(正断層崖)に,赤い点がポツンとあります。「スカイライト(天窓)だね。たくさんある」と,早川先生。プウ オオからの溶岩トンネルの天井が陥没して,内部の赤熱した溶岩が見えているのです。私も荷物から双眼鏡を取り出し,眺めてみます。肉眼では認められなかった淡いオレンジ色の灯りが点々と直線状に列をなしています。

 しばらくすると成夫くんが戻ってきました。彼も私と同じく,一行から離れて何かをしていたようです。

「まだぼんやりあったかいですよ」

 ん?暖かい?どうやらかれは,できたばかりのスパターを採取して(!)来たようです。それにしてもどうやって持って(?!)来たのだろう?「さっきは変形しましたよ」どうやら塑性流動したらしい。 3,4 個持ってきたスパターを彼は大事そうにザックに入れます。

 フランス人たちは,東に向かって帰ってゆきました。もしかすると,東にみえるワハウラ流入口に向かったのかもしれません。

 いつのまにか 19:15 になっています。 2時間も時間が経ったとは信じられません。帰る準備をします。

 辺りは真っ暗,闇の中です。ひたすら,西へ。整然と隊列(一列縦隊)を組んで,前を歩く人に置いていかれないように歩みを進めます。頼りになるのは懐中電灯だけ。突然出現する開口幅の広いクラックや(日中ならば乗り越えるのは簡単であろう)2mほどの段差も,この闇の中ではかなりの邪魔になります。暗中行軍は,肉体にも精神にもストレスを与えます。ときどき,休憩を入れます。

 歩き始めて1時間くらいたった 20:40,来る時に見た,溶岩流に覆われずに残ったアスファルトの路面と再会。やっとここまで来たのだ,という安堵感が全身に広がります。

 寝転がると,満天の星空。しばらく,そのままで星々を眺めます。 自分の位置と残りの行程が分かってずいぶん楽になり,10分ほど休んで元気を回復して,また歩き始めます。

 21:30,車までたどり着きました。いやー,よかったぞう。