現代都市を脅かすカルデラ破局噴火のリスク評価

 

早川由紀夫(群馬大学教育学部)

 

日本列島では数千年に1回,全地球では数百年に1回の頻度で,文明を滅ぼすようなカルデラ破局噴火が起こる.そのリスクは1年あたりの死者数でみるとけっして小さくない.しかし,ごくまれにしか起こらない災害であるため,社会としての対応がむずかしい.

 

1.はじめに

 

いまから7300年前に九州・屋久島近くの海中で起こったアカホヤ噴火は,南九州の縄文文化に深刻な打撃を与えた.この噴火が大隈半島南半部の地層中に残した火砕流堆積物の上からも下からも縄文土器が多数出土するが,その形式は大きく異なる.土器形式の違いは文化の違いすなわちひと社会の違いを意味するから,火砕流に覆われた地域の縄文文化が一度完全に滅び,その後しばらくして別の文化をもった縄文人がその地に入植したと解釈できる.アカホヤ噴火はまさに,地域社会を滅ぼす破局噴火だった.この噴火で地表に出たマグマは13000億トン.噴出量の対数をもちいた噴火マグニチュードMで,その規模を表現すると8.1である.噴出源の海底には,鬼界カルデラが残された.

アカホヤ噴火のあと,カルデラ破局噴火は日本では起こっていない.古墳時代に大陸から文字文化が移入されて以降,日本列島はカルデラ破局噴火をひとつも経験していない.いまを生きる私たちは,カルデラ破局噴火の記憶を祖先から申し送られていない.

世界に目を向けると, 1815年にインドネシアのタンボラ火山で起こった噴火が注目される.この噴火のマグニチュードはアカホヤ噴火の1/107.1であるが,これもカルデラ破局噴火と呼んでよいだろう.この噴火のあとしばらく,ヨーロッパの記録に,乾いた霧と霞んだ太陽(dim sun)の記述が多くみられる.翌年の1816年は,夏がなかった年(the year without a summer)としてよく知られている.その陰鬱な夏をスイス・レマン湖畔の避暑地で過ごしていたバイロン卿が,「このさい皆がそれぞれ,いままでなかったような怪談を書いて競おうではないか」と友人たちに提案してできあがった作品が,メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』とポリドリの『吸血鬼』である.バイロン卿自身は "Darkness" という詩をつくった.この年,噴火現場のインドネシアでは,何万もの人が餓死したという.

10世紀に中国/朝鮮国境で起こった白頭山の噴火(M7.4)と3600年前にギリシャ・エーゲ海で起こったサントリニ火山の噴火(M6.8)もカルデラ破局噴火と呼んでよいだろう.それぞれ,渤海国滅亡との関係,ミノア文明衰退との関係でしばしば議論される.

地域社会や国,そして文明までも滅ぼしてしまうカルデラ破局噴火がときに起こることを,日本の火山学者はすでに半世紀以上も前に気づいていた.松本唯一は,『九州の四つの巨大カルデラ火山』と題する英文論文を1943年に書き,どのカルデラも火砕流の大規模噴出の結果としてつくられたことを示した(Matumoto, 1943).しかし,このような火砕流噴火(カルデラ破局噴火)を,現代都市を脅かすリスクだととらえて火山学者が議論を展開するようになったのは,ごく最近のことである.アカホヤ噴火の発見者のひとりである町田洋はその先駆者である(町田,19861987).

 

2.カルデラ破局噴火の発生頻度

 

カルデラ破局噴火をM6.5(噴出量300億トン)以上の噴火と仮に定義して,過去にさかのぼって数えてみよう.日本では,過去12万年間にそのような噴火が18回起こった(表1). 28000年前の姶良丹沢噴火,41000年前の支笏1噴火などである.九州と北海道に多いが,本州でも十和田湖(青森・秋田),御岳山(長野・岐阜),大山(鳥取),三瓶山(島根)で発生している.ただし,大山倉吉噴火(M6.9),姶良福山噴火(M6.5),御岳1噴火(M6.6),三瓶木次噴火(M6.7)についてはプリニー式降下軽石が認められているだけで,大規模火砕流の噴出とそれに伴うカルデラ形成はまだ確認されていない.

 

1 日本列島における噴火規模と発生頻度の関係

12万年間に18回であるから,日本列島では数千年に1回の頻度でカルデラ破局噴火が発生していることになる.この見積もりは,噴火規模と発生頻度の関係を全体的にみても,妥当であると判断される(図1).なぜなら, M7噴火は1万年に1回,その1/10規模であるM6噴火は1000年に1回, 1/100規模であるM5噴火は100年に1回起こることが,多数の事例によって確かめられているからである.M4以上の噴火については,規模と発生頻度の間にきれいな反比例の関係がある.

世界を見ると,カルデラ破局噴火は完新世(最近11700年間)に28回起こった(表2).したがって全地球でのカルデラ破局噴火の発生頻度は,数百年に1回である.

 

3.カルデラ破局噴火のリスク評価

 

 都市の近くでカルデラ破局噴火が発生すると,数十万から数百万の人命が数時間で失われる.火砕流に飲み込まれた地域の住民はひとり残らず灼熱の風に焼かれるか,厚い砂礫の下に埋まる.これは,地域住民のふつう数%以下だけが犠牲になる地震災害と大きく異なる.

現代都市に住む人々にとって,このようなカルデラ破局噴火のリスクはいかほどであろうか.これを数量的に把握するため,同じ噴火がいま起こったときに失われる人命の数をその噴火の破壊力と呼び,破壊力を噴火の年代で割ったものを危険度と呼んで,以下に考察しよう.

 たとえば,87000年前に阿蘇カルデラから発生して鹿児島県を除く九州全県と山口県を高温の熱風で飲み込んだ噴火(M8.4)の破壊力は1100万であり,危険度は126である(表1).28000年前に姶良カルデラから発生して鹿児島県・宮崎県・熊本県に広いシラス台地をつくった噴火(M8.3)の破壊力は300万であり,危険度は107である.危険度は,破壊力で示される死者数を1年あたりにならした期待値だと考えてよい.

 表1に示したすべてのカルデラの危険度を合算することによって,わが国を脅かしているカルデラ破局噴火のリスク期待値が毎年507人であることがわかる.100年あたり5万人だから,この数値はわが国の地震リスクとくらべて小さいとは言えない.

 

4.カルデラ破局噴火の防災対策

 

カルデラ破局噴火のリスクが地震リスクと同等だとして話を進める.わが国がいま地震防災に振り向けているのと同じだけの予算をカルデラ破局噴火防災に振り向けることについて,はたして社会的合意が得られるだろうか.

建物の耐震化が進んだ現代においても,死者を含む地震災害は数年に一度,日本のどこかで起こる.そして,数十年に一度,数千人あるいは数万人の死者が出る.最近では,19951月の兵庫県南部地震で6000人が犠牲になった.

火山災害も同じように数年に一度の頻度で起こるが,死者を含む火山災害は数十年に一度しか起こらない.死者が出た最近の火山災害は,1990年からの雲仙岳噴火(44人)である.そのあと2000年に相次いで起こった有珠山と三宅島の噴火では,どちらも事前におこなわれた避難が功を奏して,死者がゼロだっただけでなく負傷者も出なかった.千人を超える死者を出した噴火災害は,わが国では江戸時代1783年の浅間山噴火(1400人)までさかのぼらないとない.カルデラ破局噴火に至っては,上にも述べたとおり, 7300年前のアカホヤ噴火が最新である.日本社会は,カルデラ破局噴火を経験した記憶をもっていない.そのような「未経験の」災害を防ぐ目的で大規模予算を振り向ける決断をするのは,たいへんむずかしいことだろう.

また,カルデラ破局噴火で発生する火砕流は,あらかじめダムをつくっておいても止めることができない.この種の火砕流は,高さ100メートルくらいの障壁をやすやすと乗り越えてしまう.カルデラ破局噴火の危険が間近に迫ったときは,事前にそこから退去するしか逃れるすべがない.カルデラ破局噴火の防災は,おもに水害を念頭に置いている従来の施策とはまったく別のものになるべきである.

政治家の任期(数年)や官僚の在職期間(数十年)からみて,日本列島全体で数千年に一度,地域レベルでは数万年に一度しか襲ってこないカルデラ破局噴火に限られた予算を振り向けることはあり得ないと断定する意見もあろう.また,ひとの一生の長さはせいぜい百年であるから,そのようなリスクがあることはすっかり忘れて,日々の暮らしを楽しく送ったほうがよいとする人生観もある.

 一生の間に遭遇する確率が1%に満たないカルデラ破局噴火を心配するのは,たしかに杞憂かもしれない.愚かしいことかもしれない.しかし地球上のどこかの現代都市をいつか必ず襲うだろうカルデラ破局噴火を,純粋理学の研究対象だけに留めておいて本当によいのだろうか.

 

引用文献

Matumoto, T. (1943) The four gigantic caldera volcanoes of Kyushu. Japan. J. Geol. Geogr., 19, 57p.

町田洋(19862章 火山の大噴火.日本の自然8『自然の猛威』,岩波書店.

町田洋(19876章 火山の爆発的活動史と将来予測.日本第四紀学会編『百年・千年・万年後の日本の自然と人類』,古今書院.

 

l        月刊地球2003年11月号に掲載

l        死都日本の書評

l        現代都市火山危険