地蔵川の上流域には押切端(おしぎっぱ)の森が広がっている。1783年噴火のクライマックスの前日(8月4日)、浅間山頂火口からあふれだした吾妻火砕流が六里ヶ原に広がった。吾妻火砕流の「押し」からかろうじて免れて焼け残った森、それが押切端の森だ。
 押切端の森は、1108年8月30日に山頂火口から流れてきた追分火砕流の上にある。追分火砕流は谷を埋めて、ここに平坦な土地をつくり出した。それからまだ900年しかたっていないから、新しい谷である地蔵川の切り込みは浅い。
 1200メートルだからブナがあってもおかしくない標高だが、みつからない。若い森だからだろう。ミズナラ、コナラ、クリなどの落葉樹が薄い表土の中に根を広げているが、深いところまではなかなか根が張れない。根こそぎ倒れた木を森の中でよく見る。
 押切端は、たくさんの若くて細い木々で覆われている。ここは、うっそうとした森ではなく空が透けて見える明るい森だ。
 
押切端の森を、ブナを探して歩いた。大きなカツラをみつけたが、ブナはみつからなかった。地蔵川の流域には、ひとの手がほとんど入っていないすばらしい自然が残されている。
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押切端からみた浅間山

1783年8月4日に山頂火口からあふれ出した吾妻火砕流は、六里ヶ原の森を焼いて広がったが、北軽井沢の手前で停止した。その先端部分は、押切端(おしぎっぱ)と呼ばれ、いまは森と牧場になっている。牧草地の端に立つと、大きく横たわる浅間山を目の前に見ることができる。
 
浅間火山北麓の電子地質図 2007年7月20日
著者 早川由紀夫(群馬大学教育学部)
描画表現・製図 萩原佐知子(株式会社チューブグラフィックス
ウェブ製作 有限会社和田電氣堂
この地質図は、文部科学省の科研費(17011016)による研究成果である。
背景図には、国土地理院発行の2万5000分の1地形図(承認番号 平19総複、第309号)と、 北海道地図株式会社のGISMAP Terrain標高データを使用した。